BOOK REVIEW :  昭和陸軍全史1 満州事変

BOOK REVIEW :  昭和陸軍全史1 満州事変   

川田 稔著 講談社現代新書 1000円+税

「満州柳条湖鉄道爆破」

1931年(昭和6年)9月18日午後10時過ぎ、中国東北地方の満州・奉天近郊の柳条湖付近で、日本経営の南満州鉄道線路が爆破された。

まもなく、関東軍(南満州に駐留する日本軍)から中国軍の犯行によるものとの発表がなされる。

実際には関東軍によって実行されたものだった。

首謀者は、関東軍の板垣征四郎高級参謀、石原莞爾作戦参謀。

爆破の直接の実行は、独立守備隊の河本末守中尉ら数名で行われた。

この時、板垣高級参謀は、奉天の日本側軍施設で待機していた。

板垣は、実行部隊から鉄道爆破の連絡を受けると、中国側からの軍事行動だとして、独断で北大営(中国側兵舎)と奉天城への攻撃命令を発した。

北大営は奉天市街北部にある中国軍の兵舎で、約7000名が駐屯していた。

奉天城には、張学良東北辺防軍司令の執務官舎があった。

張学良自身はこの時、北京に滞在中だった。

当時、関東軍は兵力約1万で、独立守備隊と第二師団によって構成されていた。

この日、本条繁関東軍司令官と石原作戦参謀ら幕僚は、数日前からの長春、公主嶺、奉天、遼陽などの視察を終え、午後10時頃、旅順に帰着した。

板垣高級参謀は奉天に残っていた。

北大営の中国軍は当初不意を突かれるかたちで多少の反撃を行ったが、本格的には抵抗することなく撤退した。

これは、張学良がかねてから日本軍の挑発には慎重に対処し、衝突をさけるよう財満の自軍に指示していたためだった。

知らせを受けた本条関東軍司令官は、当初現場付近の中国兵の武装解除程度の対処を考えていた。

だが、石原ら幕僚たちの、奉天のみならず満鉄沿線の中国軍を撃破すべきだ、との強硬な意見具申によって、本格的な軍事行動を決意。

19日真夜中の午前1時半ごろから、石原起草の命令案により関東軍各部隊に攻撃命令を発した。

中国側の攻撃に対する「自衛行動」として満鉄沿線要地の攻撃・占領を命じたのである。

一方、東京の陸軍中央でも、永田鉄山らを中心に中堅幕僚の横断的グループ「一夕会」が結成され、その中核メンバーでは満蒙領有が密かに検討されていた。

次期世界大戦に向けて、国内で不足する資源を中国から確保するため、その足がかりとして満蒙の政治的支配権を獲得しようとするものだった。

この一夕会が、柳条湖事件後、東京の陸軍中央に於いて関東軍の動きを支援することとなる。

 

「永田鉄山の戦略構想」-昭和陸軍の構想

一夕会の中心的存在であり、満州事変後の陸軍を主導した人物の一人として知られる永田鉄山の戦略構想を検討することによって明らかにしていこう。

永田は、長野県諏訪出身で、陸軍大学卒業後、大戦をはさんで断続的に合計約6年間、ドイツ周辺に駐在した。

1930年(昭和5年)陸軍省軍事課長のポストについた。

満州事変の約1年前である。

永田は、ヨーロッパ滞在中経験した第一次世界大戦から、大きな衝撃を受けた。

永田は、今後列強間の戦争は国家総力戦となり、新兵器による機械戦への移行、戦争の規模の飛躍的拡大になると考えた。

従って国家総動員と資源獲得が必要になり、長期持久戦争となると考えた。

国防資源の確保が必要で、満蒙・華北・華中を含めた資源の供給を軍事力により確保すべきであると主張していた。

 

「石原莞爾の戦略構想」-世界最終戦争論

石原は、山形県鶴岡に生まれ、陸軍大学卒業後、中国漢口勤務を経て、約3年間ドイツに駐在した。

1928年(昭和3年)10月、関東軍作戦主任参謀として満州に赴任。

そして満州事変を迎えるのである。

石原は、将来、日本とアメリカによる「人類最後の大戦争」が起こり、世界が統一されると考えた。

その戦争は真の意味での「世界大戦」であり、この世界最終戦争の結果、「世界人類の文明」は統一され「絶対平和」がもたらされる。

そして人類共通の理想である「黄金世界」建設への第一歩が踏み出されると考えていた。

日本が東西の指導権を確立すること。

そして太平洋をはさんで日米両国の主要都市を破壊・殲滅し、世界最終戦争の勝敗を決する軍用航空機の出現が必要である。

それは日本から見ればアメリカの主要都市まで無着陸で往復し、攻撃・殲滅できる航空機の出現を意味する。

大量破壊兵器の開発を伴う。

日米開戦直前石原は、「原子核兵器」による「最終戦用決戦兵器」の出現可能性についても言及している。

最終戦争が起こるのはいつごろと想定していたのだろうか。

それは1930年前後から起算して「数十年後」、即ち20世紀後半ごろとされている。

石原は、日本のとるべき国策は、すみやかに「東洋文明選手権獲得すること」である。

そのためには、一方では、「全世界の文化を総合」する日本文化の大成を急ぐ。

他方、ロシアの「侵入」、米英からの「圧迫」に対抗しうる「威力」を持つことが必須である。

威力を持つには、第一に日本国内において、現在かかえる諸問題を解決し、国力の発展を図る。

第二に朝鮮の統治を安定させ,支那に対する指導的地位を確立する。

第三にロシアの北方からの侵入に対処する処置を講じる必要がある。

この三つの課題を実現するには、「満蒙問題」を解決しなければならず、それには満蒙を「我が領土」とする、

即ち「満蒙領有」の必要があると主張する。

 

 

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