【入門・日米戦争どっちが悪い(1)】NO. 1 片手に十字架、片手に鉄砲 侵略と虐殺繰り返した西欧白人国家
2016.12.4
【入門・日米戦争どっちが悪い(1)】 NO.1
片手に十字架、片手に鉄砲 侵略と虐殺繰り返した西欧白人国家
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真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊するアリゾナ記念館。
日米開戦から75周年を迎える=米ハワイ州(AP)
1941(昭和16)年にわが国と米国などとの戦争が始まってから8日で75周年を迎えます。
戦争の原因は何だったのか、どちらに責任があるのか-。
前史としての西欧白人国家による侵略から、アメリカ合衆国建国、日米開戦への道、原爆投下、日本国憲法制定…の歴史を分かりやすく振り返ります。
インカ文明を滅ぼしたスペイン人
11世紀末から13世紀にかけて、西欧のキリスト教国は、聖地エルサレムを奪回する十字軍と称してイスラム教国を侵略し、多くの人々を殺しました。
異教徒を「裁く」という思想です。
15世紀半ばからは大航海時代という名の大侵略時代が始まります。
スペインの遠征隊を率いたクリストファー・コロンブスが1492年にアメリカ大陸を「発見」したと言われていますが、発見も何も、そこには先住民が独自の文化を築き上げていました。
コロンブスは着いた場所をアジアだと思っていたので、現地の人をインディアス(インド人)と呼んだことがインディアン(北米の先住民)やインディオ(中南米の先住民)という呼称の始まりです。
カリブ海の島々が西インド諸島と呼ばれているのはそのためです。
コロンブスたちはここでインディオ虐殺を繰り返しました。
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真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊するアリゾナ記念館。
日米開戦から75周年を迎える=米ハワイ州(AP)
アメリカ大陸「発見」から2年後の1494年、大西洋の真ん中に境界線が引かれ、東で発見されるものはポルトガル王に属し、西で発見されるものはスペイン王に属すというトルデシリャス条約がローマ法王の仲立ちで成立しました。
1529年には彼らにとって「裏側」のアジアにも分割線を引き、地球を2つに割るように縄張りを決めたのです。
例えばこのころ、エルナン・コルテスというスペイン人がアステカ帝国(今のメキシコ中央部)を滅ぼし、莫大な財宝を手に入れました。
それを聞いた同じスペイン人のフランシスコ・ピサロが目をつけたのがインカ帝国(今のペルー、ボリビア、エクアドルなど)でした。
インカの人々は精巧な石積みの建物、灌漑設備を伴った段々畑、インカ道と呼ばれる道路整備など高度な文明を作り上げていました。
そこにピサロは180人の兵とともにやってきました。
インカの王アタワルパは、ピサロに付いていった神父ビセンテ・デ・バルベルデからキリスト教に改宗するよう求められました。
王が拒否すると、バルベルデがピサロに「こいつらを殺しても神は許すだろう」と告げ、ピサロの兵士たちは非武装の王の家来たちを殺し、王は人質にされました。
インカの人々は身代金として莫大な黄金を差し出しましたが、ピサロはそれを受け取ると王を「裁判」にかけ、殺してしまいました。
その後、ピサロは手先の王を即位させたり、反乱を鎮圧してインカ文明を滅し、金を奪いました。
このような「片手に十字架、片手に鉄砲」の白人国家の手口はその後、何百年も繰り返されていったのです。
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真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊するアリゾナ記念館。
日米開戦から75周年を迎える=米ハワイ州(AP)
先住民を殺し黒人奴隷を輸入
16世紀にスペインとポルトガル、17世紀にオランダ、18、19世紀に英国が主に支配を広げ、先住民は殺されたり白人が持ってきた伝染病にかかったりして人口が減りました。
中南米のほかアジアやアフリカのほとんどの国が白人国家が支配する植民地になりました。
かつて世界地図には、あらゆる場所に(ア)とか(イ)とか(ポ)(フ)という記号がありました。
米国や英国、ポルトガル、フランスのものという意味です。
アフリカ大陸などはほとんど白人国家の植民地でした。
そこでどのようなことが行われたのか、作家の深田祐介さんがベルギーによるアフリカ・コンゴ支配とオランダによるインドネシア支配について書いた文章を紹介します。
◇
ベルギーのレオポルド国王は天然ゴムの収穫にほとんど狂い、コンゴ川川上の先住民に、天然ゴムの樹液採取のノルマを課した。
そしてノルマを果たせなかった先住民については、監督の先住民に手首から先を罰として切断させた。
このため、天然ゴムの樹液を運んで下ってくる船はそれぞれ船首に戦利品のように、大小さまざまの手首を吊り下げ、無数の手袋のように手のひらをはためかせて通過して行った、といわれる。
そして川上の森のなかでは、手を失った多数の先住民が何の薬も手当ても受けられず、のたうちまわって苦しんでいたのだ。
そしてオランダがインドネシアで行った人権無視の圧制もこのベルギーのレオポルド国王といい勝負である。
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