“自転車”で世界最強のイギリス軍に勝利? : ライズアップジャパン

“自転車”で世界最強のイギリス軍に勝利?  :      ライズアップジャパン

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世界が戦慄した日本陸軍の実力
ー自転車で世界最強のイギリス軍に勝利?

>ぜひこちらからご覧ください

*  *  *  *  *

もしあなたが、学校やTVで、

「大国アメリカを相手に無謀な戦争をした」
「負けると分かっていたのに
 戦争に突っ込んで国民は無駄死した」

と聞いたことがあるなら…。

今日はちょっと聞いてほしいことがあります…。

現代ではあまり知られていませんが、
大東亜戦争の前半は、実は、
日本があらゆる戦いで連勝を収めていました。

例えば、マレー電撃戦。

このマレー電撃戦で日本軍は、
世界最強と名の知れたイギリス軍を相手に
正攻法と奇策を織り交ぜ、
世界が想像もしなかった結果を残しています…。

1941年12月8日、マレー上陸作戦開始。

⽇本軍の戦略⽬標は、⽯油や天然ガス、
ゴムなどの豊富な天然資源を持つ
インドネシアの資源地帯を
確保することでした。

当時の⽇本は
アメリカ、イギリス、中国、オランダ
に禁輸政策を仕掛けられていました。
いわゆるABCD 包囲網です。

これによって底をつきかけていた資源を
安定的に供給できるようにすることが
⽬的でした。

しかし、インドネシアに⾄るには、
その⼿前に⽴ちはだかるイギリスの植⺠地、
マレー半島およびシンガポールを
攻略する必要がありました。

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⽇本陸軍が上陸できるタイから
シンガポールまでは1,100キロ。

その道のりには鬱蒼たるジャングルと
ゴム林が広がっていました。

日本軍はイギリス軍に防備を強化される前に
シンガポールにたどり着く必要がありました。

⼤本営は、この作戦の司令官・⼭下奉⽂中将に
「マレー半島を70⽇以内で縦断して
 シンガポールを攻略」
という極めて難しい命令を下しました。

これは、ジャングルの道無き道を
激しい戦闘を続けながら、
1⽇に15km以上前進しなければならない計算…。

しかし、⼭下中将率いる陸軍第25軍は
驚くべき進撃を⾒せました…。

次々に待ち伏せるイギリス軍を踏破し、
わずか<55⽇>でマレー半島最南端に
到達したのです…。

たった3万5000⼈の⽇本陸軍が、
倍以上の約8万8000⼈のイギリス軍を
打ち負かしたというのです…。

この戦闘で日本軍は、
英軍に2万5000人の損害を与えた一方、
日本軍の被害は戦死1,793人、戦傷2,772人。

まさに日本の完全勝利、
世界を震え上がらせました。

この戦闘での日本陸軍の勝因は
いくつかが言われていますが…

そのうちの一つに、
「自転車」
があります。

この「自転車」によって英軍は恐れおののき、
マレーのジャングルを駆け抜けることができた
というのです…。

大東亜戦争で「自転車」が活躍する?

いったいどういうことでしょうか?

しかも、
ただ自転車に乗っていただけ、
という訳ではなかったようです…

>この「自転車」の真相を確認する

ーライズ・アップ・ジャパン事務局
小坂紗代

PS.

1941年の真珠湾攻撃より20年も前の1921年、
⽶英の新聞は⽇⽶英の三国を
「Big Three」と呼んでいました。

同じ頃、
イギリスの代表的海軍評論家であった
ヘクター・バイオーターは、
 ==================
 ⽇本のこのような艦隊計画は、
イギリスの現国⼒においては
到底困難である。

 ==================
と⽇本の⼤艦隊を称えています。

当時世界に植⺠地を持った⼤英帝国が
「⾃分たちには勝てない」と⾆を巻くほど、
当時から⽇本の国⼒は充実しており、
⾮常に発展した国でした…。

これは、戦前の⽇本が、
⽶英に劣らないほど発展していたという
1つの例に過ぎません…

今回ご紹介するプレゼンテーションでは、
世界を震え上がらせた日本陸軍の実力を、
大東亜戦争開戦直後の、
マレー電撃戦での事例をもとに紹介しています。

78年前、⽇⽶の戦端が開かれました。

そのときの⽇本と他国との
戦⼒差はいかなるものだったのか?

当時の⽇本⼈は⼀体何を考えていたのか?

世界は⽇本をどう⾒ていたのか…?

是⾮こちらの最新記事で
その真実を知ってください…

>詳しくはこちら

 

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