広島に隠された真実 : ライズアップジャパン

広島に隠された真実 : ライズアップジャパン

今から、約70年前のことである。

2種類のアメリカ人がいた。 

1種類のアメリカ人は、最前線で戦った、クロード・イーザリー。

「英雄」と呼ばれたエースパイロットである。

彼は広島への原爆投下の任務に就いた。

1945年8月6日、広島の上空約1万メートル。

原爆を積んだエノラ・ゲイ号とともに先導機「ストレート・フラッシュ号」が旋回していた。

イーザリーは、このストレート・フラッシュ号に乗っていた。

彼は天候を確認し、日本軍から攻撃がないかを調べていた。

敵機は追ってこない。

この日の朝はよく晴れた。目標地点である橋はくっきり見えた。

「これは理想的な天候だ」

イーザリーは、エノラ・ゲイに向かって暗号を送った。

「準備完了、投下」

午前8時15分、広島に原爆が投下された。

投下から43秒後、地上約600メートルの上空で目もくらむ閃光を放って炸裂した。

1秒後には最大直径280メートルの大きさとなった。 

爆心地周辺の地表面の温度は3,000~4,000度にも達した。 

これによって、昭和20年の年末までに約14万人が亡くなった。 

一瞬の出来事だった。 

彼は帰国後、英雄扱いされた。

しかし、イーザリーは苦悶していた。やがて「原爆投下は間違いだった」と口にするようになった。

原爆で亡くなった人たちの幻影に付きまとわれていた。

彼は幻影を振り払おうと、奇行を繰り返した。

酒に乱れたと思えば、郵便局を襲う。

金を奪うわけでもないのに。 

イーザリーはアメリカ国内で小さな犯罪を繰り返した。 

他のパイロット達がアメリカの成功の象徴としてもてはやされる中、1人そこに染まることなく罪悪感にさいなまれていた、、、 

原爆を投下した米軍航空機「エノラ・ゲイ」

もう一種類のアメリカ人は、アメリカ本土、ホワイトハウスの中にいたタイプの人間。 

原爆で亡くなった人々の幻影に苦悶するイーザリーを、奇人扱いしたタイプの人間である。

アメリカ政府はイーザリーを精神病院に押し込み、社会から隔離した。

それを見たアメリカ国民も彼を英雄ではなく、「精神がおかしくなった病人」と扱うようになった。

一方でこのタイプのアメリカ人たちは自分たちの原爆投下を「日本との戦争にケリをつけるため」だと正当化した。

一般市民への攻撃を厳格に取り締まっていた日本軍とは打って変わって、女子供構わずどでかい化学兵器を落としておいて「“卑怯な日本人”をついにやっつけた」と喜び狂った。

多くのアメリカ人が

後悔していた原爆投下、しかし…

いえ、イーザリーだけではありません。

のちにアメリカ大統領になった当時大西洋軍総司令官のアイゼンハワーは「私は、あのような兵器を最初に使用する国にはなりたくない」とあからさまな不快感をポツダム会議の場で示していますし、、、 

太平洋艦隊司令長官のニミッツ提督は「全く無益で、投下すべきではなかった」と発言し、、、 

GHQ総司令官マッカーサーも「原爆投下は全く必要なかった」とコメントを残しています、、、 

このようにアメリカ国内でも多くの人々が秘密兵器の使用には反対だったんです… 

しかし、それだけではありません、、、 

ニミッツ提督

ダグラス・マッカーサー

イーザリーは非常な精神的ショックを受け、この気持ちを誰かに語ろうとしました。

しかし、アメリカ政府当局の手で奇人扱いにされました。

そも多くのアメリカ人が密かに

「自分たちの戦争に大義がない」

ことを自覚していた

「私がまず第一に言いたいことは、太平洋戦争はやるべきではなかったという事である。

米日は戦うべきではなかったのだ。

日本は米軍にとっての本当の敵ではなかったし、米国は日本にとっての本当の敵ではなかったはずである。

歴史の偶然というものは恐ろしいものだ。

歴史の歯車がほんの少し狂ったせいで、本来、戦うべきでなかった米日が凄惨(せいさん)な戦争に突入したのだから・・・」

これは悲劇の美談でもなんでもありません。

「アメリカ人にも良心的な人がいたのだ」なんてそんな甘い話で済ませられる話ではありません。 

アメリカの「言い訳」に過ぎないのです。

あなたは知っていますか?

真珠湾攻撃以前から、そもそも日本軍は米軍と戦闘をさせられていたということを…

あなたは知っていますか?

日米開戦以前の支那事変で、さんざん米英が船舶の妨害行為をしてきていたことを…

あなたは知っていますか?

アメリカが日本に課した開戦直前の経済制裁は、古くから国際法上「戦争行為である」という認識があったことを…

つまり、アメリカ人の多くは密かに「自分たちが日本を戦争に巻き込んだ」ということを知っていたんです。

しかし、アメリカはこの途轍もない戦争犯罪の数々にさらに嘘を塗り重ねることにしました。

なぜなら、世界で初めて、たった一発で町を滅ぼすだけの化学兵器まで使っておいて、「自分たちは間違っていた」とはとても認められないからです。 

そこでどうにか日本を悪者に仕立て上げ、裁けないかと思案しました。

そしてアメリカはいいアイデアを思いつきました。

「罪のないユダヤ人を大量に殺害し、「戦争犯罪」ではなく、純粋に多くの「刑事犯罪」を犯していたナチスと同じイメージを日本に押し付けよう」

その舞台として用意されたのが、悪名高い「東京裁判」だったわけです…この裁判で戦前・戦時中の「真実」はことごとく葬り去られました。

日本をナチスと同じ悪者にするため、戦勝国の都合のいい情報だけを選び取り、「悪人」を裁き、プレスコードを敷いてマスコミに報じさせました。

これが「東京裁判史観」「自虐史観」として日本に深く深く根付いてしまったわけです

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