「太平洋大海戦は当時としては無謀ではなかった」「三国同盟と日米戦」松尾樹明著

「太平洋大海戦は当時としては無謀ではなかった」

 

「GHQ焚書図書開封」西尾 幹ニ著。徳間書店。2008年6月発行より引用。

 GHQ焚書を見ると戦前、戦中の当時の様子がわかってきます。

 

  • 日米もし戦わばを予想する本

焚書:「三国同盟と日米戦」松尾樹明著。霞ヶ関書房。昭和15年10月発行。

 

「アメリカ艦隊の小笠原占領」と言う章から。・・・・・・・・・

「アメリカは小笠原島の占領を企図してこれに対して何らかの手段をとるのではなかろうかと言われているが、フイリッピンの奪還が困難な程度においては、小笠原島の攻略も困難な筈である。」

つまり、日米衝突が起こった時、日本はまずフイリッピンを押さえるだろう。

するとアメリカは小笠原を襲ってくるだろう、と言っている。

 当時の日本人は、「ああ、アメリカに小笠原を攻められるのか」と心配してあれこれ対策を考えていたんだなという様子がわかります。

 

「日米戦争は、日本のフイリピン占領によって日本は一部的の戦勝気分になりうることが出来るかもしれないが、それだけではまだ勝敗がどうなるかということは全然予測することは出来ない。

しかし、すでにフイリピンを失ったアメリカとしては、その艦隊が東洋に進出すべき目的とする根拠地がなくなったのだから、アメリカ艦隊の日本遠征は非常なる困難を感ずるに至ったことはいふまでもない。」

 

  • 太平洋の日米大海戦

「アメリカの艦隊がハワイのパール港に集合するといふ情報が入ると其の前にハワイ方面に出動している日本の潜水艦は、それぞれアメリカの艦隊がハワイに向かうべき航路を扼してその軍艦を撃沈せしむべく必死の大活動を開始するだろうと思ふ。

しかし、この結果、何隻の主力艦を撃沈せしめるか、また我が方の蒙る被害はなにほどであるか、いずれも不明であるとして、仮にこれらを除外して考えても少なくともパール港を出港したアメリカの艦隊が日本の艦隊と出会する前に、必ず日本潜水艦の猛襲撃を受けるであろうことは疑うことが出来ない。」

 

  • 「限定戦争」と「全体戦争」

「日本がハワイを攻撃するのは、これを占領する可能性が多く、しかも、占領後は完全に維持することが出来るといふことが判然してから後でなければならぬ。

 そこで、日本がハワイを攻撃するのはどうしてもアメリカの艦隊が日本艦隊に対して劣勢になった後に行われることになるであろう。( 中略 )

 また、アメリカとしても日本を仮想敵国という名のもとに、日露戦役後30余年間も種々戦備を整えてきた以上は、たとひその艦隊は撃破されてもその本国が安全である間は、おそらく講和を申し込まないであろう。」

 

 しかし、ハワイがやられたらアメリカも講和を申し込んでこざるを得ないだろうと著者はいっています。

 ここでちょっと注釈を加えておきますと、日本がハワイを叩けばアメリカが講和を申し込んでくるだろうというのは「限定戦争」の考えかたです。

「部分戦争」の考え方と言ってもいい。

 それに対して実際にアメリカが日本に仕掛けて来たのは「全体戦争」でした。

つまり其の国の宗教、道徳、教育、科学の力、国力の全てを賭けて一つの国を叩き潰そうとした。

 第一次世界大戦も一種の全体戦争だったと言うことは確かに言えます。

その第一次世界大戦を日本は本格的に経験していなかったため世界の流れが限定戦争から全体戦争に移っていることに気づかなかったのではないでしょうか。

 その迂闊さは否定出来ません。

 我々は、限定戦争を戦っているという日本側の誤算と言えば誤算だったのではないか。

 

  • ハワイ占領とパナマ攻撃は果たして誇大妄想だったか。

  ハワイ占領の政策はある意味で正論でした。

あの奇襲攻撃の直後にただちに全島を占領し、軍政を敷いて米本土攻撃の拠点作りをするべきであったという反省は当然日本の軍政府にもありました。

今、振り返ってもそうすればルーズベルトの計略は失敗に終わり、米国参戦へのキャンペーンも発動出来なかったかもしれません。

 いずれにせよ、パールハーバーの破壊は不徹底でした。

第二次攻撃を何故しなかったのでしょうか。

粘り越しのないこの淡白さが日本人の弱点であったことは間違いありません。

 

  パナマ攻撃ですが連合国側はパナマ運河を通れば大西洋の艦隊が簡単に太平洋に移動出来ます。

パナマ運河というのは欧州の戦争と太平洋の戦争を連結するための運河ですから、日本がここを叩けば太平洋と大西洋を切り離す事が出来る。

非常に大事な戦略地点です。

 そこで日本側もパナマ攻撃は当然意識していました。

 

「そして最後に残された問題は、パナマ運河は一体どうなるかということである。

パナマ運河は、ハワイから4600海里以上の距離があるし日本から8000海里も離れているからこの攻撃は容易ではない。

しかも、しいて之を断行するとするならば極めて小部隊のものが奇襲するほかないのである。」

 パナマを破壊しておけば、ここを復旧するのが講和条件の一つになるが艦隊を先に叩いておけば其の必要がないのではないか、というようなことまで言っているわけですから、戦後の自閉的になった日本、引っ込み思案の弱気の日本からは予想もつかない計画が考えられていたのですね。

 今、そうしたことを知るのはとても大事な認識ではないでしょうか。

今からすれば、「そんなこと、ありえないじゃないか」と思われますが、そう思うのは当時と今ではパラダイムが変ってしまったからなのです。

そこを見逃しては歴史と言うものが見えてきません。

 

  • 日本を侮れないぞと必死に瀬踏みしていたアメリカ。

 焚書:「極東危機の性格」雨宮広知訳偏。John Gunther. Rupert Emerson 著。

 高山書院。昭和16年12月発行。

 

 続く

 

 

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