次代への名言:昭和天皇―吉田善吾(海相)が松岡洋右(外相)の日独同盟論に賛成したのは・・・・

次代への名言:昭和天皇―吉田善吾(海相)が松岡洋右(外相)の日独同盟論に賛成したのは・・・・

 

「吉田善吾(海相)が松岡洋右(外相)の日独同盟論に賛成したのはだまされたと言っては語弊があるが、まあだまされたのである。(昭和天皇)」

 

1940(昭和15年)9月、日独伊三国同盟が結ばれた。

第二次世界大戦の勃発以来、破竹の快進撃を続ける友邦・ドイツと日本との連携強化が直接的な理由として挙げられるが、関係が悪化していた米国を牽制するという意図があった。

 

「日独同盟を結んでも米国は立たぬと言うのが松岡の肚である。

松岡は米国には国民の半数に及ぶ独逸種がいるから之が時に応じて起つと信じていた。

吉田は之を真に受けたのだ」と冒頭の言葉は続く。

(「昭和天皇独白録」)。

 

 また時の首相、近衛文麿は「将来ソ連を同盟側に引き入れると言う構想を基礎とし、その第一歩として、すでに独ソ不可侵条約を結んでいるドイツが日ソ関係の調整に努力するという約束の下に締結されたのである」と回想している。

 

 が、ヒトラーによって、近衛と松岡の思惑とはまったく逆の結果が出る。

苦渋に満ちた後世への教訓である。

 

 一方、欧州戦線。

独軍による英国本島への攻撃や占領は現実味を帯びていた。

 

「もし、我々が敗北すれば、米国を含めた全世界、我々が築き、大切にはぐくんできたもの全てが、新しい暗黒時代の奈落に堕ちてしまうのだ」

 

 英首相に就任したばかりのチャーチルの演説である。

英米がそこまで覚悟し、敵視するドイツと軍事同盟を結んだのだ。

日本の運命はすでに暗転していた。

 

 (産経新聞文化部編集委員 関厚夫。 平成23年9月23日)

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