次代への名言:近衛文麿ー今から考へると、我々は三国条約の締結に際し今少しく慎重の態度を採るべきであったと思う。

次代への名言:近衛文麿

今から考へると、我々は三国条約の締結に際し今少しく慎重の態度を採るべきであったと思う。

 

 「見せかけの戦争」。

第二次世界大戦で、戦線布告にもかかわらず、英仏が軍事活動を行わなかった(もし両国が即座に進軍していれば、ドイツを撃破できた)ことをいう。

 

 この状態は1940(昭和15)年春、7ヶ月で終止符が打たれた。

独軍が西欧への侵攻を開始したのだ。

 

 このあたりまでは独仏の間で戦線が膠着し、消耗戦となった第一次大戦を思わせる展開だった。

が、独軍は″不敗神話“のあった東仏の近代要塞線・マジノ線を突破。

 

 意表を突かれた英仏軍は分断され、40年6月、パリが陥落した後、ドイツがフランスの北半分を占領する一方、独軍監視の下、ビシー政府が残る南半分を管轄するというフランスにとって屈辱的な休戦協定が結ばれた。

 

 独軍の破竹の勢いに乗じたイタリアが参戦した。

日本でも「昭和天皇独白録」の昭和天皇のことばを借りれば、「独乙の成功は我が国に影響し日独(軍事)同盟論者は益々増加した」。

 

 そして「日独同盟反対の伏見宮に相談し【中略】同盟論を抑える意味で(海軍出身の)米内光政を総理大臣に任命した」のだが、同盟論を主張する陸軍のために米内内閣は半年で総辞職に追い込まれる。

 

 次に誕生した近衛文麿内閣の下、この年9月、日独伊三国同盟が締結される。

冒頭は後年、昭和天皇の意思に沿えなかったことを悔いた近衛が残した一文である。

 

(産経新聞 文化部編集委員 関厚夫。 平成23年9月22日)

 

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