アメリカを知らなかった幣原喜重郎と山本五十六
アメリカを知らなかった幣原喜重郎と山本五十六
正論6月号(産経新聞社発行の雑誌。2011年6月号)。
「21世紀の世界はどうなるか」 岡崎冬彦氏(元駐タイ大使)の掲載論文より抜粋。
現在の日本人が歴史を振り返る時、誰もが同じ質問から出発する。
それは、どうしてあんな戦争をしたのだろう?
もっと端的に言えば誰が日本をこんなに悲惨な敗戦に導いたのだろう、という疑問である。
私も皆と同じようにその答えを求めて来て一つの結論を得た。
それは、日本はアメリカというものを理解していなかった。
それがその最大の原因だったということである。
そして誰が判断を誤ったのだろう。
それは二人の日本人である。
しかもその二人は、戦前の日本の政治家軍人の中で私が最も敬愛する人物であり、また其の時代としては最も良くアメリカを理解していた筈の日本人であった。
それは、幣原喜重郎と山本五十六である。
その二人がアメリカというものの判断を誤ったのである。
幣原喜重郎は、英国が米国から日英同盟廃棄の圧力を受けて苦慮している最中に、日本から助け舟を出して同盟廃棄を手伝った。
幣原の個人的外交能力が無ければ英国は一人ではとうてい同盟を廃棄できない状況だった。
・・・・・(中略)・・・・・・・・
もし、日英同盟が継続していれば第二次大戦への日本の参戦などは問題外だった。
昭和天皇と重臣、特に西園寺公望は親英米派である。
また、海軍は親英である。
陸軍独りが跳ね上がっても国策を決定できない。
外交政策は、悉く兄貴分である英国と協議してからということになる。
此れでは、三国同盟も真珠湾攻撃もあり得ようもない。
日英同盟の廃棄は外交官としての幣原の個人的能力なしではあり得ないことであった。
しかし、それは幣原が才子才に走ったのではなく、彼の信念に基づいていた。
- ・・・・(中略)・・・・・・・・・・
真珠湾攻撃は山本五十六の個人的イニシャテイブによるものである。
海軍軍令部さえその作戦の成功を疑ったものを強行したのは山本である。
石油禁輸で追い詰められて戦争は不可避だったとは言え、戦争する以上は戦略というものは本来不可欠である。
日米間の戦争では、適当な時期に仲裁に入って来られる第三者は居ない
(実際はソ連に期待したが裏切られた)ようでいて、実は居た。
それはアメリカの世論である。
アメリカが無理やりに戦争を日本に押し付けているのが誰の目にも解るような形で戦争を始めさせ、
あとはアメリカ人の犠牲の大きい長期的な戦争をすれば、和平のチャンスはあった。
・・・・・・(中略)・・・・・・・
奇襲などしなくても開戦当時の戦艦中心の米太平洋艦隊に対して、迎え撃つ日本の空母機動部隊とでは、日本側に五分以上の勝算があった。
そうすれば硫黄島を待たなくても、その前でも、アメリカに多大な人命の損害が出れば、アメリカが戦い続けることは出来なくなった可能性は十分あった。
それを真珠湾攻撃などしては、もう救いようがない。
最後通牒を何時間か早めて、奇襲前に間に合っても、作戦上不意打ちは不意打ちである。
米国の戦時プロパガンダの餌食となったのは同じことであったろう。
現に、日本の空母機動部隊が、ハル・ノート手交前に、ヒトカップ湾を出航していることが、
米国側に戦争責任はないという口実になっている。
広島、長崎への原爆投下に際しても、その理由づけとなったのは真珠湾攻撃だった。
この二人がアメリカを知らなかったと責めるのも酷である。
実は、世界中誰も、この新奇な大国アメリカを知らなかったのである。
・・・・・・・・・・(引用終わり)・・・・・・・・
この論文に関心があるかたは、詳細について正論6月号をお読み下さい。
岡崎氏のこの論文は、元外交官だけに其の経験や豊富な知識によって我々が知らなかった事も含めて見事に解析され推論されており我々日本人にとって大事なことを教えてくれています。
私も大東亜戦争の原因について関心があり長く自分で調べてきてこの論文で成る程と思い勉強になりました。
戦後60数年の日本の混迷はアメリカの占領政策が原因であり、今もその東京裁判の自虐史観による影響を受けた人々による政党の政治によって国民が被害を受けています。
日本人にとって大東亜戦争により大日本帝国が滅亡した理由や原因を探り解明して反省し生かして来なかったために、我が国は今、重大な滅亡の国難にあります。
戦犯を連合国によって勝手に決められ、しかも軍部独裁の軍国主義によって侵略戦争を始めたのだと断罪されてしまいました。
そして日本人によって何故、かくも無残な敗戦になってしまった理由や原因が真剣に議論されず追求されて来なかったことが、多くの日本人が自虐史観を持つようになり、その結果、戦後日本に左翼思想や共産主義がはびこる原因になったのではないかと思ってます。
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