真珠湾攻撃総隊長の淵田美津雄中佐の戦争の回顧とアメリカ伝道の旅

 「真珠湾攻撃総隊長の淵田美津雄中佐の戦争の回顧とアメリカ伝道の旅」

「生出寿著:淵田美津雄中佐の生涯」  徳間書店より

生出寿氏は山本五十六凡将論だったと思いますが、淵田氏は南雲・栗田といった艦隊司令官の前時代的な頭の固さを繰り返し批判しています。

 南雲長官については第二次反復攻撃を行わなかったこと、さらには真珠湾からの帰路について、もと来た路ではなく、中央航路をまっすぐに帰ったら、出動中の二空母にも出会って、これを撃滅できるだろう、と批判しながらも、当時の海軍航空隊が偵察を軽視してお、南雲長官が偵察能力を信用していなかった、との反省の弁も述べている。

 ミッドウェーでも偵察軽視のツケがでてしまう。

 淵田氏の南雲長官批判の論拠として真珠湾は水深が12mしかなく吃水7mの戦艦が沈没しても5m沈めば海底に届いてしまい、容易に引揚げ・修理ができるというもの。

 ところが草鹿参謀長はアメリカ太平洋艦隊を撃滅して作戦目的を達成したのだから、オイルタンクだの海軍工廠の修理施設を攻撃するなど下衆のあと知恵だという。

 淵田氏が批判する点はもう一つ、「兵は勢である」ということ。

戦前のアメリカの戦争小説では日本軍はハワイを占領後アメリカ西海岸に上陸しています。

実際に開戦後、アメリカは西海岸で灯火管制を行い、製鉄所をユタ州に疎開させることまでしています。

 レイテ攻撃の栗田艦隊については、戦争の帰趨はもはや明らかであり、アメリカ軍に出血を強いることで少しでも有利な講和条件を得るのが目的なのに、時代遅れの艦隊決戦にこだわり、囮となった小沢艦隊の犠牲を無駄にしてしまったと強く非難している。

 さて戦争も終わり、占領軍から尋問される日々。

占領軍機関誌にインタビュー記事が載った日の午後、黒人兵三人がやってくる。

ジープに乗せられ着いた場所は丸の内の郵船ビルの裏手。

狭い階段を上がった先は彼らが働くバーの楽屋裏。

大勢の黒人兵からウイスキーやらクラッカーやらの大歓迎。

 彼らのジェスチャーで「真珠湾攻撃を誰が一番喜んだと思うか」との問い。

そしてその答えは「われわれ黒人だよ」というもの。

淵田氏は人種差別の実態を知るとともに、「顧みれば日本が、大東亜解放の大義名分をかざしたのはよい。

しかし、自分こそ最優秀の天孫民族で、大東亜の盟主であると思い上がったところに、傲慢と人種的優越感とが存在しなかったか。

このたびの敗戦は、それを懲らしめる天譴であったと、私は受けとめていた」と記しています。

 ぼくが子供のころ、親戚のおばあちゃんは霊感というか霊能のある人で、ある日どうして日本は戦争に負けたのかときくと、日本は高慢になり過ぎたからだというのです。

自慢・高慢バカのうち、人の言うことをよく聞きなさい、と諭されました。

 昭和26年(1951年)に洗礼を受けた淵田氏は昭和27年から32年まで8度のアメリカ伝道の旅に出かけ多くの著名人にも会っています。

なかでもトルーマン前大統領との会見は興味深い。

陸軍少佐だったというトルーマン、今日は軍人同士の話でいきましょう。

「キャプテン、真珠湾はね、ボス・ギュルチィ(両者有罪)だよ」と言った。

私は「そりゃ神の前にはボス・ギュルチィでしょうけれど・・・」と言い及ぼうとしたら、トルーマンは遮ぎって、「いいや、神の前ばかりでなく、人間の前にも、いまに史実としてボス・ギュルチィが明らかになるだろう」
と言った、とあります。

 マッカーシーの赤狩りや朝鮮戦争を経験し、ルーズベルトが日本を戦争に追い込んだことやアメリカは戦う相手を間違えたことにやっと気がついたのですね。

 日本占領軍最高司令官を解任後のマッカーサーとの会見では、憲法9条の話が出てきます。

マッカーサーが言うには、原爆の出現で将来の戦争は勝敗がつかないだろう、敵も味方もともに滅亡する。

まったく人類の破滅でしかない。

そのような見地から、世界は戦争放棄の段階に近づきつつあるとの感を抱いていた。

日本を軍事的に無力化する連合国の方針もあったし、また日本をして率先、世界に戦争放棄の範を垂れさせようとの意図もあった。

その後の世界情勢は力に対するには力のバランスで、やっと平和を保っている。

かくて日本も自衛力が必要だと、自分は再考を余儀なくせしめられた。

 ニミッツ元帥宅では自慢の松の盆栽を見せられ、夫人からは日本滞在中にスケッチした油絵を案内して見せてもらう。

スプルアンス大将の家では淵田氏が送った能面が飾られるなど、昨日の敵は今日の友を実践するアメリカ人の良い面が描かれます。

 最後に終戦記念日の戦没者慰霊祭における総理大臣の追悼文の話がでてきます。

『その追悼文で戦没者のことを「偉業に倒れ」などと謳うと、早速、日本基督教協議会あたりの小賢しいのが、「戦争は偉業でない」などと題したビラを撒き散らしてアジるのであった。

けれども私が考えるのに、確かに戦争は偉業でないが、ひとたび国家が戦争に入ったとなると、国民たるものは、命をかけ体を張って戦争に従事する。

そしてその事自体は偉業であり、かくて戦場に倒れたとなると、「偉業に倒れ」と言わずして、なんと言うか』

キリスト教徒である前に愛国者の淵田氏はキリスト教徒になってからアメリカ人記者に真珠湾攻撃についてのインタビューを受け、まったく後悔していないと断言しています。

 日本基督教協議会というのはウィキペディアを見ると『いわゆる「歴史認識問題」などで韓国キリスト教教会協議会と連携して、加害者の日本と被害者の韓国という関係を築くために政治運動を行っている』とあります。

朝鮮系に乗っ取られた団体です。

初詣の参道で「神を信じよ」などと迷惑この上ない連中も同類なのでしょう。

昭和20年代から今に至るまで反戦左巻きの巣窟のようです。
   
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