平間源之助著、平間洋一編『軍艦「鳥海」航海記』(イカロス出版)
平間源之助著、平間洋一編『軍艦「鳥海」航海記』(イカロス出版
激戦地を命がけの航行、ときにのんびりとビール
戦地の現場で兵士等はいかなる戦闘をしていたかを活写
平間源之助・兵曹長の航海日誌ならびに戦闘記録で、昭和16年か
貴重な歴史証言でもある。
軍艦「鳥海」はガダルカナル、ラバウルなどソロモン海域の激戦区
日本側には夥しい戦死者が南太
毎日のように葬儀が行われた。
「鳥海」がラバウルへ寄港すること十数回に及ぶ。
♪「さらばラバウルよ、またくるまでは、暫し別れの涙がにじむ」
後に漫画家として世を席巻した水木しげる氏も
鳥海は巡洋艦、第8艦隊の旗艦としてガダルカナル、ニューギニア
編者の平間洋一氏の父が原作者であり、父親が生まれ、育ったのは
大正デモクラシーの退廃文化が去ると、日本には大不況が訪れ、女
さて編者の平間洋一氏は名作『イズムから見た日本の戦争』『日露
本書はその平間氏の父親の従軍航海記である。
たとえば昭和17年8月7日の項目を読む。こう書かれている。
「昨日敵の偵察を受け、本日空爆の算大なるにつき、1600出港
0430頃、敵機動部隊20余隻、空母1,
8月8日 ツラギ奇襲す。
「0400索敵機発進。全員死出の服装を為す。真新しい軍服に着
敵を見ざればツラギ泊地に殺到せむとする長官の決意なり。
8月9日。「ソロモン海戦。英米大巡5隻撃沈。3隻大破。駆逐艦
0400 飛行機発進の敵を撃滅すべく、快速力にてツラギ泊地に向かう。
2
右に戦艦在り。これに魚雷攻撃撃沈。左舷に大巡4隻、
一発の抵抗すらなし」
しかしガダルカナル奪回は敵の制空権が確保されていたため輸送が
「8月28日、給油艦の運航おもうようにならず味方海上部隊ほと
(中略)この時赤城等ミッドウ
翌日からラバウル空襲、戦死夥しく葬送に追われる。
「8月31日。ラビ陸戦隊苦戦 敵大型空母一撃沈。イ26号 0645。
(日本では)日一日と秋めいて山の草木も万色に染なし
果物穀物すべてが豊作を告ぐるの秋。ここラボール(ラバウル)
(中略)モレスビー
ガダルカナルの玉砕、ソロモン沖海戦、そしてラバウスの攻防、あ
「南の島に雪が降る」という映画を遠き昔、評者(宮崎)も見たこ
1995年には水島総監督で新作もつくられた。
戦士達の日々、瞼
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