ルーズベルト秘録ー群雄の時代が持つ「魔性」

 ルーズベルト秘録ー群雄の時代が持つ「魔性」

 

 米国のスタッド・ターケルのベストセラー本「グッド・ウオー(良き戦争)」に次のような件が出て来る。

 

 「第二次大戦の始まった1939年が全てを変えた。

まるで20世紀の錬金術のごとく嫌な時代を良い時代に作り変えてくれた。

戦争は実に我らがパラケルスス『16世紀初頭の錬金術師』だった。」

 

 世界中で3千5百万以上の犠牲者を出した悲惨な戦争が米国では今も「グッド・ウオー」として記憶されている。

 

そして戦争を指導した米第32代大統領、フランクリン・ルーズベルトは米国にとってまさに偉大な大統領だった。

 

 だが、日本人の我々にとってこれほど複雑な思いを抱かされる人物はいない。

父や母の世代が時折漏らす悲惨とその恨みということもあるが、それ以上にルーズベルトには釈然としない謎の部分が多いからだ。

 

 ハーバート・フーバー大統領は晩年の1960年代、自宅の書斎にこもり「裏切られた自由」と言う未刊の大著を書き続けた。

 

 全四巻とも三巻ともいわれる大著は発刊されることもなく今もスタンフオード大学フーバー研究所の金庫に眠っているが、内容は日米戦争への懐疑だった。

 

 フーバーは日本との戦争は避けられたと考えたのである。

80歳台後半に入った老人が後任大統領の失政を問うため毎晩7時に机に向かい、一心不乱に書きつづるその姿はぞっとしたそうだが、この場面こそルーズベルと其の時代が持つ一種独特の魔性のようなものを感じさせる。

 

 ルーズベルトをたどってみようという途方もない作業を考えたのは、老い先短いフーバーを執着させた魔性のようなものがこの時代にあると考えたからだ。

 

 それを何とか21世紀を前に整理できないか。

勿論過去に起きたことを現代の価値で計ることなど出来ない。

だが、情報公開と自由の国アメリカである。

少なくとも釈然としない部分をモザイクのようにはめ込むエピソードぐらいは見つけることが出来ると考えたのである。

 

 こうして1999年夏から始った事前調べで産経新聞ワシントン支局に集められた関連の書籍は優に200冊を超えた。

 

ルーズベルト側近の回顧録などはすでに絶版になっており、図書館が放出するのを待って手に入れたものも多かった。

 

また、ニューヨーク州にあるルーズベルト記念図書館、メリーランド州の米国立公文書館、カリフォルニア州のスタンフオード大学フーバー研究所などに足を運んでコピーした資料はいくつもの段ボール箱にぎっしり詰まるほどになった。

 

 明治の元老、松方正義の六男、乙彦とルーズベルトの交友やルーズベルトの日本に対する不信を決定づけた「百年計画」などのエピソードは、こうした骨の折れる文書探しから出てきたものだ。

 

 資料探しの段階でアリゾナ大学歴史学教授、マイケル・シャラーらに出会えたことも幸運だった。

彼の示唆がなければ、ルーズベルトが許可した「日本爆撃計画」の全容を網羅した当時の文書にたどり着くことは出来なかっただろう。

 

 もう一つ、我々を衝き動かしたのはルーズベルト政権に張り巡らされたソ連スパイ網の凄さだった。

 

 1999年夏、ワシントンにある米議会図書館の冷房の効いた研究室でのことだ。

ロシア語公文書がずらりと並ぶ書籍を背にジョン・ヘインズは、インタビューを終えて帰ろうとする私を制止するように突然、次のようなことを語った。

 

 「ハリー・デクスター・ホワイトがソ連の指示でハル・ノートの原案を作ったことはご存知だろうか。

ルーズベルト大統領は対日戦争を早くから決定しており、ホワイトは、導火線の役割を果たしただけなので、その役割は歴史的にあまり意味がなかったとは思うが・・・・・・・・・」

 

 最初、ヘインズが言おうとしていることが理解出来なかった。

ホワイトは、戦後、ブレトン・ウッズ金融体制を確立し、日本の教科書にも出て来る著名な経済学者だ。

そんな人物が、日本に対する最後通牒という忌まわしい記憶と共にあるハル・ノートとどうしても結びつかなかったからだ。

 

 ヘインズはソ連・コミンテルンと米共産党の関係を長年追いかけてきた歴史家だ。

ソ連が消滅した1991年冬からモスクワを6度も訪れ、ほこりにまみれた資料の中からソ連KGB諜報責任者の報告書を見つけ出し、それによって初めて、「最も知りたい情報は米国にある」と思い至っている。

 

 1995年、米議会はヘインズの強い陳情を受け米国安全保障局(NSA)の厚い壁に閉ざされたKGB暗号解読文「VENONA」の段階的公開を決議したが、これがルーズベルト政権内のソ連スパイたちの名前を次々と明らかにしたのである。

 

ヘインズが私にハル・ノートに絡めて名指しした財務省高官、ホワイトはその一人だったわけだ。

 

 我々が今回、ルーズベルト、とりわけ日米開戦への経緯をこれまでとは違った視点で描くことが出来たとすれば、この「VENONA」を背景にしていたからだ。

 

 それにしても、この時代は共産主義が勃興し、米国だけでなく世界中の知識人が理想に燃えた頃でもあった。

 

ホワイトらソ連スパイのほぼ全てはそうした知識人だった。

その一方で植民地主義や帝国主義が跋扈し、国家間の勢力争いが最高潮に達した時でもあった。

 

 そんな群雄の時代にルーズベルトは、世界戦争によって新秩序を作り出そうとしたのである。

 

それは、民主主義の勝利で片付けられるようなものでなく、冷徹な国益と国益の衝突であり、ルーズベルトはそれを十分に意識していた。

 

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