海軍―もし山本がハワイへ出撃していたら(2)「ハワイへ行っていたら」

海軍―もし山本がハワイへ出撃していたら(2)「ハワイへ行っていたら」

 

山本が現地で作戦を指揮すれば、ハワイ作戦の実情は大きく変化していたであろう。

南雲艦隊によるハワイ作戦の主要な目標攻撃は、第一航空戦隊と第ニ航空戦隊が戦艦・航空母艦で,第五航空戦隊が航空基地であった。

 

 現実には在泊の巡洋艦・駆逐艦・潜水艦などの被害はわずかで、施設や重油タンクなどは殆ど無傷で残った。

 

 山本の首席参謀であった黒島亀人は、戦後にではあるが、陸上施設などの攻撃に兵力を振り向けると戦艦・空母などへの攻撃が不徹底となるので、已む終えず陸上施設の攻撃を断念したと言明し、決してこれに無関心ではなかったと強調している。

 

 南雲の現実の歴史と同じように、第一次、第二次攻撃隊の第一撃により、真珠湾に在泊する戦艦八隻全部を撃沈または撃破し、飛行機の多数を地上で破壊したことを確かめ、しかも味方の飛行機隊の損害が30機に満たないことを知った山本が、すぐに第二撃決行の決意を固めることは確実だ。

 

 現実の歴史で、桂島泊地の「長門」艦上にあった連合艦隊司令部の幕僚の大部は、第一撃の成功を知って、南雲に「再度攻撃を命令すべし」との議に賛成した。

 

 幕僚の中で第二撃に反対したのは、航空参謀・佐々木彰中佐ただひとりであった。

佐々木の反対理由は、アメリカ空母の所在が不明で、少なくとも「エンタープライズ」がオアフ島近海にあることが確かなことと、第二撃では味方の損害が多くなるであろうとの心配であった。

 

 しかし、その佐々木すらも、戦後になって山本の及川海相宛の昭和16年1月7日付けの書簡の写しを読んで、初めて山本のハワイ空襲の考え方を知り、「第二撃に反対すべきでなかった」と述懐するのである。・・・・・・・・・・・

 

 

「小生の感想」

 山本がハワイへ行っていても、果たしてそのように行動したか、著者に意義がある。

山本は、政治家の素質が優れているが、実戦の指揮は下手であったし、猛将ではなく智将であった。

 

このハワイ作戦も第二撃を命令しようとすれば出来たのに山本は、命令しなかった。

 

幕僚の意見を尊重する場合とそうではなくて第二撃が必要だと判断すれば命令すればいい。

連合艦隊司令長官なのだから、南雲部隊に敵空母を撃滅せよとか命令出来る立場である。

 

 また、ミッドウエー開戦で、作戦を黒島たちに任せて任せっ放しであったために惨敗した。

何故、大和以下の戦艦部隊をのこのこと空母部隊より遅れて出撃したか疑問である。

 

 空母赤城の艦橋が低いので赤城の電波探知機の受信状態が悪いと赤城艦長から黒島が言われていたのに、戦艦大和の無線が敵空母の無線をキャッチした時、山本が急ぎ赤城に知らせろと黒島たちに言ったのに、黒島が反対したら黙ってしまったのか。

 (空母の艦橋は、艦載機の発着を容易にするため、低く設計してある)

 

 司令長官は何故、参謀に命令出来ないのかおかしい。

黒島がわけのわからない理屈で送信しなかったら、叱責してでも知らせるべきだった。

 

 日本海軍の敗北に繋がるのに、何故、黙ってしまったのかわからない。

山本の性格に起因するのかよくわからないのである。

 

 だから、山本がハワイに行こうが行くまいが猛将として活躍したか疑問である。

 

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