「ヴェノナ暗号解読文書」本書の重要性:監訳者あとがき

「ヴェノナ暗号解読文書」本書の重要性:監訳者あとがき

 

本書の重要性は次の四つにある。

  • 暗号解読という営みに対する、アメリカを始めとする主要国の国家的執念の凄さである。
  • このようにして解読されたソ連の暗号通信から明らかになった事実の驚くような中味である。
  • 当時のルーズベルト政権には厖大な数のソ連スパイが潜入していたという事実が「ヴェノナ」解読文から明らかになったのである。

  前途のように、当初、ソ連のナチス交渉の内容をつかもうとして始めた解読だったが、そこからアメリカにとって考えもしない事実が明らかになったのである。

本文の中にも出てくるように1940年代の数年の間にアメリカの当局が傍受したソ連の暗号通信は数十万通に上るが、そのうち解読できたのは約2900通だったとされる。

 

しかし、其の中から明らかになったのは、少なくとも200人以上のソ連スパイがアメリカの連邦政府職員として活動しており、其の中には、陸軍・参謀本部の高官や情報機関OSS(CIAの前身)の多数の諜報官だけでなく、国務省や財務省でも次官補を始めとする多くの職員がソ連のスパイ工作員あるいは協力者として活動していた者がいることがわかったのである。

ルーズベルト政権というのは、いったいどんな政権だったのかと改めて思わざるを得ない。

 【中略】

 

本文に出て来るソ連のスパイだったハリー・デクスター・ホワイトが、日米開戦のきっかけとなった有名な「ハル・ノート」の最初の起草者であったことや、ヤルタ会談に於いて、前途のヒスや、やはり本書でソ連のスパイだったと実証されている大統領補佐官ラフリン・カリーらが、アメリカの外交に大きな役割を果たしたことなどは、スターリンのこの「アメリカを内部から動かす」という戦略が目覚しい成功を博していたことを示している。

繰り返しになるが、政権中枢にこれほどソ連の工作が浸透していたことは驚きというほかない。

 

 翻ってこれを当時の日本という視点で見ればどうであろうか。

日本にも、これほどのソ連による秘密工作の浸透はあったのだろうか。

「ゾルゲ=尾崎事件」は有名だが、あれは例外的な出来事だったのか、本書を読めば自ずとそうした疑問も湧いてくる。

 当時の日本でも共産主義の思想が知識人やエリートの若者に広く浸透していたこと、戦争へ向かう総力戦体制の中で軍部や、企画院、満鉄など急拡大する経済官庁や国策会社の中に多くの民間人が採用されていったこと、さらには当時のアメリカ同様、日本もいわゆる防諜能力は大して優れていたわけではなかったこと、等々を考え合わせると、当時の日本にもルーズベルト政権と似たような浸透工作が進んでいたとしてもおかしくない、という見方も成り立つ。

しかし、決定的なことは、日本には「ヴェノナ」がなかったということだ。

 

  • 何故、米ソの冷戦が始ったのかという20世紀史の大問題に「ヴェノナ」の存在が関わってくるということだ。
  • 表面は「米ソ協調」を謳いながら、陰に回るとアメリカの中枢部にまで浸透して大規模なスパイ活動や秘密工作に躍起になっているスターリンのソ連。

それは、あたかも秘密裏にアメリカに戦争を仕掛け攻撃に出ているのと同じだと、「ヴェノナ」解読文を読んだアメリカのリーダーたちは考え、対抗策に出ざるを得なくなったことが冷戦の原因として大きかったと著者たちはいう。

  【中略】

 

 「ヴェノナ」作戦と言うとかくも重大な国家的、いな世界史的秘密が、これほど長期、半世紀の間にわたって多くの人々の眼から隠されてきたということへの率直な驚きである。

 

 かって私は、イギリスのある大学の歴史学部に留学したとき、指導教授から「戦争や革命といった世界史的な出来事については、50年以上経たないと本当の歴史研究の対象とはなり得ない」と言われたことがある。

「ヴェノナ」史料の公開は、其の言葉を私にまざまざと思い起こさせるものであった。

少なくとも50~60年経たないと本当の歴史はわからない。

「ヴェノナ」は此のことを文字通り裏付けている。

  (以下略)

 

 監訳者:中西輝政 2010年 PHP研究所発行

 

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