「ヴェノナ暗号解読文書」イデオロギーが育てたソ連スパイ

「ヴェノナ暗号解読文書」イデオロギーが育てたソ連スパイ

 

 アメリカ共産党は、第二次世界大戦の時期、5万人に上る党員を擁していた。

すでに述べた通り、アメリカ共産党に所属していた大半の党員がソ連のスパイであったというわけではないが、KGBやGRUがアメリカでエージェントや情報源になる人物を探そうとすると、共産党員の中に最も熱意のある適格者をたやすく見出すことができた。

 

自らの祖国アメリカを裏切ってソ連に工業技術や軍事、政治上の機密を流したアメリカ人の大半は、決して脅かされたり金銭欲しさから、あるいは精神的な異常状態のゆえにスパイになったのではなく、主としてソ連に対するイデオロギー的な親近感からそうした行動に出たのである。

  (中略)・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アメリカ人でソ連のスパイや情報源になった者には、三つの類型があった。

第一の類型は、ルーズベルト政権の下でニューデイール政策が始った時、連邦政府で働くためにワシントンにやってきた、理想主義に燃えた多くの優秀な若者である。

 しかし、そのうちの数百人はすでに共産党に入党していてワシントンの秘密党員支部に所属するよう割り当てられた。

彼らのうち、政府内にポストを得た者の多くは、共産党やCIO(産業別労働組合会議)の共産党幹部の活動を助けるため、積極的に政府の内部情報を党に流した。

 

そしてこのグループに属する者のうち、数十の数に上る人間が政府の極秘情報にアクセスできる地位についていたが、彼らはそうした機密をソ連の国益に役立てるよう、ソ連側に知らせるべきだと思い、そうした機密を何のためらいもなくソ連諜報部のオフィサーに流したのであった。

彼らが連邦政府内部に形作っていたスパイ網の中でも最大のネットワークに属する「シルバーマスター・グループ」や「パーロ・グループ」などは、いずれもワシントンのアメリカ共産党地下細胞によって生み出されたものであった。

 

第二の類型は、スペイン内戦帰りのアメリカの若者であった。

数千人に上る若いアメリカ共産党員が、1937年から38年にかけてコミンテルンが組織した「国際旅団」に属し義勇兵としてフランコ軍と戦った。

この内戦を生き残ったアメリカ義勇兵のうち20人ほどの共産党員は、更に続けて共産主義の大義に邁進すべく自ら進んでソ連の諜報機関に身を投じた。(以下省略)

 

第三の類型は、数百人に上る献身的なアメリカ共産党員たちで、彼らは党に対する外部からの攻撃に対し組織の安全を図るため長年にわたり党の秘密機関を動かし、共産党に対する政府の弾圧に備えそれに対抗する体制つくりに専念した。(以下省略)

 

 

 

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