「ヴェノナ暗号解読文書」:「衝撃の解読内容」
「ヴェノナ暗号解読文書」:「衝撃の解読内容」
それにもかかわらずヴェノナ作戦の暗号解析官は、鋭敏な学問的分析に加え、何千もの暗号通信を地道に検証すると言う努力を通して、暗号化する際のソ連の手続き上のミスを見つけ出し、それを突破口とした。
3年後の1946年にようやく最初の暗号文字列を読める文に翻訳できたが、そのときすでに戦争は終わっており、クラークの当初の目的は無意味になった。
そして解読文もソビエトが単独講和を求めていたという証拠を示していなかった。
しかし、その解読内容は、アメリカの当局者に衝撃を与えるものだった。
ニューヨークのソ連領事館と、モスクワの外務省の間の外交通信と考えられていたものは、実はアメリカにいるKGB諜報官とモスクワのKGB対外諜報局の長であるパーヴェル・フィチン将軍の間の通信であることが判明した。
外交活動ではなくスパイ活動がこれらの通信の内容だったのである。
最初にまとまった文章として翻訳されたソ連情報機関の暗号通信は、ニューヨークのソ連総領事館員に偽装したKGB諜報官のもので、ソ連がアメリカ最大の秘密計画である原爆プロジェクトに浸透していたことを示していた。
1948年までには、多くの「ヴェノナ」解読文から得られた根拠を積み重ねて、ソ連のスパイ活動の実態が少しずつわかってきた。
アメリカ政府の中で軍事あるいは外交に関わる事実上すべての主要官庁の中に、ソ連は多数のスパイを獲得していたのである。
アメリカ自身がこうして1942年以来、数十人のソ連諜報官と数百人のアメリカ人エージェント(多くはアメリカ共産党員)によるソ連の大規模なスパイ活動の標的になっていた、ということをアメリカ政府の当局者たちは知ったのである。
これまでに明らかになった「ヴェノナ」解読文だけからでも、ソ連情報機関と秘密の関係をもっていた349人のアメリカ市民、移民、永住者が特定されている。
さらにいえば、これらは「ヴェノナ作戦」によるソ連情報機関の通信のごく一部を解読したものに過ぎないため、未解読の数千の通信には更に多くのアメリカ人のソ連エージェントの名前が含まれているはずである。
そのうちの何人かは、亡命者の証言や、逮捕されたソ連スパイの供述など他の情報源から特定されている。
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