秘話 パラオ戦記  船坂 弘著  NO.2

秘話 パラオ戦記  船坂 弘著  NO.2

「孤島の驟雨の中で」

 

昭和43年8月私は1週間の予定で単身パラオ諸島に出かけた。

コロール島でボートを一隻チャーターした。

運転士はこの島で育った顔なじみのラッキーさんだ。

マラカル波止場をたってこのボートで50キロ南海上にあるペリリュー島とさらにその南10キロのところにあるアンガウル島を訪れるつもりだった。

 

しかし、ペリリュー島に向かう洋上でスコールに襲われ、ガラゴン島の横穴に避難して不思議な夢をみることになった。

 

「さまよい出た将校」

 

見知らぬ洞窟の中でラッキーさんと共にスコールを避けているうちにうとうとと眠り込み夢を見始めたのだろう。

 

 そして夢の中で私は高垣少尉に会ったのであった。

高垣少尉は夢の中で親しく私に語りかけてくれた。

しかし、話がガラゴン斬り込みに至る前に、ふいに私の前から立ち去ってしまったのだ。

故意か偶然か、とうとう自分の最後について語ることなく消えて行った少尉の心中を私は私なりに察して、よし今度こそ徹底的な調査をと決心するのだったが、帰国のつど重ねてきた私の探索はすべて徒労に終わっていた。

 

「遠来の四人の勇士」

 

昭和47年2月23日、この日は私にとって忘れられない日となった。

それは私の店の私の個室に、この日屈強な面魂を持つ四人の男が来て、高垣少尉について詳細を話してくれたからである。

半井信一兵長。井上三郎上等兵。藤川義夫下士官。林勇伍長の四人であった。

 

高垣少尉は、ペリリュー島守備隊に居たが何故、ガラゴン島に移動させられたのかが判明した。

 

また、ペリリュー島の引野大隊長が玉砕間近に半井兵長に「部下3名を率イ、ガラゴン島ニ至リ、高垣少尉ニ小隊ヲ率イペリリュー島引野大隊本部ニ復帰スベシ」という命令伝達を命じた。

 

高垣少尉は命令を受領したがペリリュー島の周りは敵の艦隊が蟻の這い出る隙間もないぐらい固めており、例え夜間に舟艇で行っても必ず全滅することを予期し命令違反と知りながら熟考の末実行しなかった。

 

それから高垣少尉は、パラオ本島の照集団最高指揮官である井上定衛中将を訪ねようと決断し、船で3日がかりで北上したが、偶然にも大型発動艇に乗った師団参謀達に見つかった。

彼らはたちまち烈火のごとく憤った。

 

「お前は何故、ペリリュー島で死ななかったのだ!それでも日本軍人か!ペリリュー島の戦友に申し訳ないと思わないのか!」

最後に「お前は小隊を引きつれて、ただちにガラゴンに斬り込め!そして汚名を返上するんだ!」と怒鳴るように命令を下しました。

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