【国会議員に読ませたい敗戦秘話】「私が父に会えるのは靖国しかない」…日本人は他国に謝罪を続ける宿命を断ち切ることができるのか

【国会議員に読ませたい敗戦秘話】
「私が父に会えるのは靖国しかない」…日本人は他国に謝罪を続ける宿命を断ち切ることができるのか

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70回目の終戦の日を迎えた靖国神社。開門と同時に多くの人が参拝した=2015年8月15日午前6時、東京都千代田区(鴨川一也撮影)70回目の終戦の日を迎えた靖国神社。開門と同時に多くの人が参拝した=2015年8月15日午前6時、東京都千代田区(鴨川一也撮影)

 終戦の日から70年となった2015年8月15日、東京・九段北の靖国神社では、午前6時の開門から参拝客の列が途切れることなく続き、この日だけで老若男女約19万人が今日の繁栄と平和の礎となった先人への感謝を捧げた。

「お父さん、また来ることができました。お父さんたちのおかげで今の平和がある。

今後も見守ってください。私は孫にも恵まれて今幸せです。お母さんを守ってくださいね…」

15日正午前、兵庫県伊丹市に住む柴田静子は、1時間ほど並んでようやく社頭にたどり着き、戦死した父に手を合わせた。

顔も名前も知らない父に「会う」には、ここに来るしかない。

柴田は「父の魂もここにいるはずだ」と信じている。

柴田は19歳の時に自分が養女だと知った。

1944年7月、養父母は人づてに生後1週間の柴田をもらい受け「静子」と名付けた。

実母が託した妊産婦手帳は行方が分からなくなってしまったが、養父母の記憶によると「大阪府布施市(現東大阪市)」「陸軍軍医大尉戦死」「佐々木愛子」と記されていたという。

実母の行方は未だ知れないが、なお健在だと信じている。

実父の戦死を知り、柴田は靖国参拝を願ったが、子育てや夫の両親の介護など生活に追われ、長年かなわなかった。

ようやく自分の時間がとれるようになり、昨年初めて参拝の願いがかない、「ようやく自分が求めていた場所を見つけた」と感じた。

2度目の参拝を終えた柴田はこう語った。

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70回目の終戦の日を迎えた靖国神社。開門と同時に多くの人が参拝した=2015年8月15日午前6時、東京都千代田区(鴨川一也撮影)70回目の終戦の日を迎えた靖国神社。開門と同時に多くの人が参拝した=2015年8月15日午前6時、東京都千代田区(鴨川一也撮影)

 「どこかで手を合わす場所がほしかった。私には靖国しか、父に会いに行く場所はないんです」

×    ×    ×

戦後70年を迎えた靖国神社の参拝者の間で話題になったのは、前日の8月14日夕に首相の安倍晋三が発表した「戦後70年首相談話」だった。

この談話をめぐって半年以上にわたり保革両勢力が激しい論戦を繰り広げてきた。

安倍が終戦の日に合わせて戦後70年首相談話を発表する考えを表明したのは2015年1月5日の伊勢神宮参拝後の記者会見だった。

「先の大戦への反省、そして戦後の平和国家としての歩み、今後アジア太平洋地域や世界にどのような貢献を果たしていくのか。英知を結集して考え、新たな談話に書き込みたい」

発言を受けて中国の動きは素早かった。

国営の中国中央テレビは同日中に「侵略の歴史を痛切に反省し、心からおわびすることができるのか」と報じた。

直後から中国外交筋は政府・与党関係者と水面下で頻繁に接触し、70年首相談話の内容を探るようになったという。

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70回目の終戦の日を迎えた靖国神社。開門と同時に多くの人が参拝した=2015年8月15日午前6時、東京都千代田区(鴨川一也撮影)70回目の終戦の日を迎えた靖国神社。開門と同時に多くの人が参拝した=2015年8月15日午前6時、東京都千代田区(鴨川一也撮影)

 安倍が、談話策定に向けて2月に有識者会議「21世紀構想懇談会」を設置すると、中国外交筋は工作活動をさらに強化させ、1995年8月に村山富市首相(当時)が閣議決定した「村山談話」の踏襲を露骨に要求するようになった。

同じ頃から野党は相次いで首相談話の内容に注文をつけ始めた。

民主党(現民進党)代表の岡田克也は2月16日の衆院本会議で「植民地支配や侵略などの言葉は、70年談話にも必ず含まれるべきだ」と要求した。

社民党党首の吉田忠智や共産党委員長の志位和夫らも異口同音に村山談話の踏襲を求めた。

奇妙なことに新聞各紙も首相談話についてそろい踏みで似たような社説を掲載した。

朝日新聞は2月26日付の社説で「全体として引き継ぐと掲げながら、植民地支配や侵略といったキーワードを村山談話もろとも棚上げにしてしまうのが新談話の目的ならば、出すべきではない」と説いた。

東京新聞も同じ日に「植民地支配と侵略への反省とお詫びは、外交の基盤となってきた歴史認識の根幹だ。

全体として引き継ぐと言いながら、核心部分を変えることがあってはならない」との社説を掲載した。

毎日新聞も2月25日付でほぼ同じ内容の社説を掲載した。

決定打といえるのが中国国営新華社通信が6月24日に配信した社説である。その内容は恫喝に近い。

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70回目の終戦の日を迎えた靖国神社。開門と同時に多くの人が参拝した=2015年8月15日午前6時、東京都千代田区(鴨川一也撮影)70回目の終戦の日を迎えた靖国神社。開門と同時に多くの人が参拝した=2015年8月15日午前6時、東京都千代田区(鴨川一也撮影)

 「中国と韓国にとって『植民地支配』『侵略』『おわび』は安倍談話において回避することが許されない3つのキーワードだ。これらが残るかどうかは、日本と中韓との関係、アジアの平和と安定に関わる」

なぜ中国側の要求と、野党や一部メディアの主張が奇妙なほど一致するのか。

同じようなことは60年の日米安保条約改定の際もあった。

ソ連は安保改定による日米同盟強化を避けるべく対日工作を活発化させ、「日本は中立化すべきだ」「安保改定すれば米国の戦争に巻き込まれる」と説いて回った。

すると元々安保改定を声高に求めていた社会党は「安保破棄」に転じ、朝日新聞などとともに「米国の戦争に巻き込まれる」とソ連の振り付け通りに安保改定を批判した。

今回も、民主党や朝日新聞などが、中国側の意向を受けて談話に注文を付けたのだとしたら、55年前の愚をまたも繰り返したことになる。

安保法制の国会審議と相まって政府・与党に動揺が広がる中、安倍は、有識者会議の報告書を元に談話を自らの手で書き上げた。

8月14日夕、首相官邸の記者会見室で演壇に立った安倍は神妙な表情でこう語り始めた。

「終戦70年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、20世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます」

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70回目の終戦の日を迎えた靖国神社。開門と同時に多くの人が参拝した=2015年8月15日午前6時、東京都千代田区(鴨川一也撮影)70回目の終戦の日を迎えた靖国神社。開門と同時に多くの人が参拝した=2015年8月15日午前6時、東京都千代田区(鴨川一也撮影)

 安倍は、19世紀に西洋列強が植民地支配を広げる中、日本は独立を守りながらも孤立感を深め、戦争への道を進んで行った経緯を語り、「植民地支配」「侵略」「おわび」という3つのキーワードを巧みに取り入れた上で、村山富市内閣をも含む歴代内閣の立場を継承する考えを示し、中国や韓国への配慮をにじませた。

だが、安倍が本当に言いたかったことは、この後にあった。

「戦後生まれの世代が今や人口の8割を超えています。

あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」

3つのキーワードを盛り込んだことや歴代内閣の立場の継承を明言したことにより、当初は保守派の反発も予想されたが、この一言により、談話は多くの人々の共感を呼んだ。

南方戦線でいとこを亡くした東京都八王子市に住む宮田加寿子は「談話には戦死した人たちへの感謝の気持ちが表れていました。

これを機に、首相も堂々と参拝できる国になってほしい」と語った。

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70回目の終戦の日を迎えた靖国神社。開門と同時に多くの人が参拝した=2015年8月15日午前6時、東京都千代田区(鴨川一也撮影)70回目の終戦の日を迎えた靖国神社。開門と同時に多くの人が参拝した=2015年8月15日午前6時、東京都千代田区(鴨川一也撮影)

 靖国神社境内で開かれた戦没者追悼中央国民大会では、「英霊にこたえる会」会長の寺島泰三が「私たちは『(子孫に)謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない』と語った首相と思いを一つにする」と宣言した。

出席した自民党政調会長の稲田朋美はこう語った。

 「いかなる歴史観に立とうとも、祖国のために命をささげた方々に感謝と敬意と追悼の意を表することは当然です。

戦争の解決は国際法に基づく平和条約がすべてであり、未来永劫謝り続けるのは違うと思います」

(文中敬称略)

◇   ◇   ◇

※この文章は、4月13日発売の「国会議員に読ませたい敗戦秘話」(産経新聞出版)から抜粋しました。

産経新聞の東西編集局が特別取材班を組み、あまり光があたることのなかった先の大戦末期から現代までの70年の歴史を貴重な証言をつむぎながらたどったノンフィクションです。

 「敗戦」という国家存亡の危機から復興し、国際社会で名誉ある地位を築くまでになった日本。

その重要な節目節目で歴史の歯車を回し続けたのは、声高に無責任な主張を繰り返す人々ではなく、ごく少数のリアリストたちでした。

彼らが東アジアのちっぽけな島国の独立自尊を保つべく奔走してきた事実を埋もれさせてなりません。

 安倍晋三首相は、憲法改正について「私の在任中に成し遂げたい」と明言しています。

つまり在任中に衆参両院で改憲勢力が3分の2以上を占める情勢になれば、米軍占領下の1947年5月に施行以来、指一本触れることができなかった「平和憲法」の是非を国民一人一人に問いたいと考えているわけです。

 決断の時は迫りつつあります。

国会議員が与野党を問わず、戦後の真の歴史を知らずして、その時を迎えるとしたら、日本国民としてこれほど不幸なことはありません。

 国会議員よ、歴史から目をそむけまい。本書にはこんなメッセージがこめられています。

※「国会議員に読ませたい敗戦秘話」の発売は4月13日。ご購入はこちらへ

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