[戦後70年] 特攻(4)敗戦「軍神」一転「クソダワケ」…..特攻隊員の親兄弟は泣いた「誰のために逝ったのか」NO.2

[戦後70年] 特攻(4)敗戦「軍神」一転「クソダワケ」…..特攻隊員の親兄弟は泣いた「誰のために逝ったのか」NO.2

(4/6ページ)【戦後70年~特攻

 愛媛県西条市に住む八男の勲さん(84)は父の末蔵さんについて「父は息子4人が戦死したことに愚痴を言ったことはなく、気丈に振る舞っていた。

でも、寄る年波というか、おいおい酒の量が増えていった」と話す。

母のツヨさんは13年、長女を産むと病死した。

勲さんは当時8歳。

末蔵さんはその後、男手一つで10人の子供を育て上げた。

「妻に死なれて、子供もこれだけ死なれたら、大概の者は挫折すると思う。母親は乳飲み子を残して亡くなったから、父親は苦労したと思う。

母親が生きていたら気が紛れただろうに、一人で耐えて生きた。

父親の気持ちを考えると、私は血の小便をしてでも家を守ろうと誓った」

勲さんは父の生きざま、自分の戦後70年をこう振り返った。

×   ×

「海軍神雷部隊」(海軍神雷部隊戦友会)に収録されている一通の追悼賦(ふ)がある。

「朝露よりももろく私達から消えてしまった。

四階級特進という栄誉も、靖国の母という誇りも、一切は敗戦によって遠い夢の彼方(かなた)に置かれてしまった」

「あれから幾年月、人前では流せない涙で幾夜枕のぬれたことか。

遺品を受け取れとの通知に、首を長くして待ちに待ったが、とうとう遺品は何一つ帰って来なかった」

(5/6ページ)【戦後70年~特攻

 「同級だった方や、同じ年頃の青年を見るにつけ想(おも)い出しては涙ぐむ、

偲(しの)んでは涙ぐむ母さん。

せめて少し豊かな人生を味あわせて(原文ママ)やりたかった。

『幽明 境を異にして、呼べど、呼べと、声なき敏郎よ!』」

20年4月14日、第4神風(しんぷう)櫻花特別攻撃隊神雷部隊として出撃、徳之島東方海域で戦死した山崎敏郎二飛曹=戦死後少尉=の母の追悼賦だ。

息子が戦死して7年後に書いたもので、切々と心中を吐露している。

そして、こう続ける。

「唯『お国の為(ため)に何の惜しげもなく若い命を捧(ささ)げた』その事については、母は未練は言いません。

終戦以来の混乱で尊いお前達の犠牲が世の中の人々から忘れられていても、新しい日本建設の蔭(かげ)には、尊い幾百万同胞の生命がかけられていた事を、国民の一人一人が泌々と思い起こし、その死を決して無にしないよう努力するのが残された私達のつとめであると思います」

×   ×

連載1回目で紹介した特攻隊員、荒木幸雄伍長=当時(17)=の母、ツマさんのもとに、荒木伍長から最後の手紙と遺髪が届いたのは20年5月末のことだった。

「母は、遺髪を抱いて弟の名前を呼び、泣き叫んだ。父は体を震わせて一言もしゃべらなかった」

兄の精一さん(88)は、母が涙をあふれさせて「ユキは突っ込むとき、どんな気持ちだったんだろう」と独り言を口にする姿を何度も目にした。

荒木伍長の自宅に戦死公報が届いたのは、終戦から4カ月後の20年12月。

翌21年4月20日、戦没者合同市葬が行われたが、連合国軍の目を気にしてか、葬儀は遺影も花輪もなかった。

精一さんは憤慨する。

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父が始末書を書いて、警察に没収された。弟は誰のために、何のために逝ったのか」

 さまざまな思いを胸に秘め、出撃していった特攻隊員。

出撃を見送った両親は、息子が国家のために散ったと誇りに思いながらも、手塩にかけて育てた子供を失った傷は生涯、消えることはなかった。

怒りと寂しさをぶつける相手もなく、ただ、耐えるほかなかったのだ。

(編集委員 宮本雅史)

坂口安吾のエッセー、GHQが掲載禁止

 「特攻」は、これまで戦記や小説、映画などに数多く取り上げられてきた。

 連合国軍総司令部(GHQ)占領下の昭和22年、坂口安吾はエッセーで、苦悩しながらも国に殉じた特攻隊を熱烈に賛美。

特攻が強要であったとしても「平和なる時代に於(おい)て、かかる人の子の至高の苦悩と情熱が花咲きうるという希望は日本を世界を明るくする」とつづり、GHQにより掲載禁止とされた。

 31年には、隊員の出撃までの日常などを日記体で描いた阿川弘之の「雲の墓標」が刊行される。

 高度成長期の46年に刊行された大岡昇平の「レイテ戦記」は「悠久の大義の美名の下に、若者に無益な死を強いたところに、神風特攻の最も醜悪な部分がある」と断じる一方、

死への苦悩を克服し戦果を挙げた事実に「今日では全く消滅してしまった強い意志が、あの荒廃の中から生まれる余地があったことが、われわれの希望でなければならない」とたたえてもいる。

 元特攻隊員自身が、死を恐れながらも出撃を待ち望む、相反する心中を描いている作品も多い。

一方で、特攻隊を自己犠牲の象徴として美化し、感傷的に仕上げた作品も少なくない。

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