【戦後70年 核物理学の陰影(下)】悲運の加速器、海底に沈む 「米国の誤謬、もはや絶望」NO.3

【戦後70年 核物理学の陰影(下)】悲運の加速器、海底に沈む 「米国の誤謬、もはや絶望」NO.3

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理研跡地に保存されている、戦後最初に再建されたサイクロトロンの磁石=東京都文京区

 

 東京都文京区の理研跡地には、戦後最初に再建された小型サイクロトロンの磁石がひっそりと置かれている。

傍らの碑文は、物理学者たちの奮闘の歴史を今に伝える。

 □京都帝大・荒勝教授

「研究の芽摘まれ残念」

サイクロトロンの破壊は京都帝国大でも同時に執行された。

平成22年に発見された荒勝(あらかつ)文策(ぶんさく)教授の日誌には、GHQに抗議する様子が記されている。

「研究設備の破壊撤収は必要無きに非(あら)ずや。

これ等(ら)は全く純学術研究施設にして原子爆弾製造には無関係のものなり」

しかし、占領軍は建設中だったサイクロトロンの80トンの磁石を持ち去った。

「惨憺(さんたん)たる光景であった」と荒勝氏は嘆いた。

大学1年だった竹腰秀邦京大名誉教授(88)が当時を振り返る。

「外国人が乗り込んできたのが怖くて、物理教室には近寄らないようにしていた。

実験で使う部屋の一角にサイクロトロンの大きな磁石が置かれていたが、占領軍が去った後、その場所は空になっていた。

ああ、日本ではこういう研究をやってはいけないのかと、半ば諦めのような気持ちを抱いた」

占領軍は科学者の生命線である実験ノートの提出も命じた。

立ち会った占領軍通訳の回想記によると、この要求に対し荒勝氏は感情の高ぶりを抑え切れず、声を詰まらせながら「没収は不当である」と強く抗議した。

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「日本の地から原子核研究の芽をつみ取られる事は誠に残念である」。

破壊の翌月の日誌にある荒勝氏の言葉だ。

「大変な苦労をして作っていたものが、核兵器のためと誤解され、壊されてしまった。

先生の心中はいかばかりだったか」と竹腰氏は話す。

終戦後の昭和24年、京大の湯川秀樹博士が中間子論で日本人初のノーベル賞を受賞。

敗戦とサイクロトロン破壊で打ち砕かれた日本の核物理学に、一筋の光明が差し込んだ。

破壊事件に心を痛めた占領軍通訳はその後、再び来日し、荒勝氏に心境を改めて尋ねている。

回想記によると、湯川と親交があった荒勝氏は「後輩がノーベル賞を受賞したことで全てが埋め合わされた」と、きっぱり語ったという。

 □高エネ研特別栄誉教授 仁科記念財団理事長・小林誠氏(71)に聞く

「科学者、先端研究に立ち会う使命」

--戦時中の日本の原爆研究をどう見るか

「核分裂の連鎖反応からエネルギーを取り出せば、発電用原子炉や原爆などの用途が生まれる。

軍部は原爆を想定していたが、理研や京都帝大で行われたのは連鎖反応を起こす前の段階の基礎研究だ。

日本の原子核研究は戦前、非常に高いレベルにあったが、原爆研究はウラン濃縮すら成功しなかった。

非常にプリミティブ(幼稚)なレベルだった」

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 --開発が成功する可能性はあったか

「無理だった。戦争で物資も人材もなかった。

ウラン濃縮も、理研の熱拡散法は装置の素材に問題があったし、京大の遠心分離法も技術的に未熟だった。

実際に原爆を作ってそれを使う状況に陥らなかったという意味では、開発できなくてよかったと思う」

--科学者が兵器開発に参加したことの是非は

「軍事利用される可能性があるから断るという単純な問題ではない。

画期的な新原理や技術について、研究を軍だけが進めるのは危険だ。

最先端の知見を人類で共有するためには、科学者が立ち会う必要がある」

--仮に自身が兵器開発を依頼されたらどうするか

「既存の知識や技術で兵器を開発しろというなら、可能な限りノーと答える。

新たな科学的真理を明らかにする研究なら判断は難しい。

断れば科学者の使命から逃げることにもなる。研究の科学的意味しだいだ」

--戦後、GHQはサイクロトロンを破壊した

「とんでもない暴挙だった。サイクロトロンは兵器の研究装置ではない。

原子核のほか生物や放射性同位体など、幅広い研究に役立つ純粋な科学研究装置だ。

日本の原子核研究は一気に停滞し、後々まで尾を引いた」

--原爆研究に関わった科学者の多くは戦後、核廃絶運動などに取り組んだ

「原爆投下で起きた悲惨な状況から、強い衝撃を受けて意識が変わった。

エネルギーの大きさは当然、分かっていただろうが、どんなことを引き起こすか考える余裕がなかったのかもしれない」

この企画は長内洋介、伊藤壽一郎、黒田悠希が担当しました。

 

【戦後70年 核物理学の陰影(下)】悲運の加速器、海底に沈む 「米国の誤謬、もはや絶望」

仁科浩二郎氏

ニュース写真

    • 理研跡地に保存されている、戦後最初に再建されたサイクロトロンの磁石=東京都文京区

    • 荒勝文策氏

    • 竹腰秀邦氏

  • 小林誠氏

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