【天皇の島から 戦後70年・序章(6)前半】「南太平洋に慰霊に行きたい」 何度もご提案で実現

【天皇の島から 戦後70年・序章(6)前半】
「南太平洋に慰霊に行きたい」 何度もご提案で実現

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「バンザイクリフ」の断崖に向かって黙礼される天皇、皇后両陛下=平成17年6月28日、サイパン島 

 戦後50年となった平成7年、天皇、皇后両陛下は強い希望をかなえ、広島、長崎、沖縄、東京・下町への「慰霊の旅」を果たされた。

しばらくたったころ、陛下は、侍従長だった渡辺允(まこと)さん(78)に「『南太平洋』に慰霊に行きたい」と相談された。

南太平洋というのがミクロネシア地域、国でいえば、パラオ共和国、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島を指されているのは明らかだった。

いずれも先の大戦時には日本の委任統治領で、米軍との攻防で甚大な戦禍に見舞われていた。

海外での慰霊は周囲には唐突に映ったかもしれないが、陛下は長年にわたってお考えを温められてきたのだろう。

実際、7年の慰霊の旅の後に出された感想の文書では、「遠い異郷」という言葉を使い、海外の犠牲者や遺族への追悼の思いをつづられている。

側近中の側近の侍従長を10年半にわたって務めた渡辺さんも「陛下は、風呂敷を広げて行動することはなさらない。

黙ってよく考え、やると言ったら必ずやり、ずっと続けられる。

海外での慰霊を以前からお考えになっていなかったはずはない」と話す。

ただ、「慰霊の旅」は国内でも異例のことだった。

ましてや両陛下の外国ご訪問となれば、友好親善が目的で、慰霊目的というのは前例がない。

 

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その結果、政府専用機が着陸できる空港がなく、日本のチャーター機が飛んだ実績もない。

両陛下にふさわしい宿泊先もなく、車両も足りなかった。

陛下に「物理的にとても難しいと思います」と説明したところ、一度は「分かった」と納得されたという。

ところが、今度は「(米自治領の)サイパンだけなら行けるんじゃないか」と提案されてきた。

米側の協力もあり、サイパン訪問が実現すると、「南太平洋の戦争の歴史をきちんと勉強したい」と希望された。

サイパンは、昭和19年6月15日に米軍が上陸し、激戦の末、日本軍、民間人計約5万5千人が犠牲になった。

その歴史をお知りにならないはずもないが、いかにも、陛下らしいご姿勢である。

防衛庁(当時)の担当者を2度呼び、進講を受けられている。(伊藤真呂武、今村義丈)

 

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「バンザイクリフ」の断崖を望む展望場所に向かわれる天皇、皇后両陛下=平成17年6月28日、サイパン島

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