【天皇の島から 戦後70年・序章(6)後半】陛下、沖縄への深い思い サンフランシスコ市長との晩餐会、時間を遅らせ戦没者に黙祷

【天皇の島から 戦後70年・序章(6)後半】

陛下、沖縄への深い思い サンフランシスコ市長との晩餐会、時間を遅らせ戦没者に黙祷

 

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対馬丸の犠牲者をまつる「小桜の塔」で供花される天皇、皇后両陛下=平成26年6月27日、那覇市

 

 平成6年6月。米国を訪問中の天皇、皇后両陛下は日本時間の23日正午に合わせ、滞在先のサンフランシスコのホテルで人知れず黙祷された。

この日は昭和20年に沖縄戦が終結した日で、沖縄では戦没者の追悼式典が開かれ、同時刻に黙祷がささげられていた。

実は、外務省儀典長として随行していた元侍従長の渡辺允(まこと)さん(78)が事前に天皇陛下のご指示で23日正午の現地時間を調べたところ、市長主催の晩餐(ばんさん)会が開かれる夕方と重なっていた。

それを聞いた陛下から晩餐会の時間を少し遅らせてもらえないかと依頼されたという。

陛下は疎開の原体験をへて、戦後に生存者や遺族らの話を聞き、歴史を学ばれた。

さらに、昭和天皇の思いを心に留められる。

「それらの積み重ねで、ご自身の中から慰霊への気持ちが芽生えられた」。

渡辺さんはそう推測する。

陛下は、皇太子時代の昭和56年の記者会見で「どうしても記憶しなければならない」4つの日として、6月23日のほか、8月6日と9日の広島、長崎の原爆投下の日、同15日の終戦の日を挙げられた。

いずれの日も、鎮魂の祈りをささげられるのを忘れない。

 

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 とりわけ、国内で最大の地上戦が行われた沖縄への思いはお強いものがある。

陛下が皇后さまとともに初めて沖縄を訪問されたのは、皇太子・同妃時代の昭和50年7月。

名誉総裁として国際海洋博覧会に臨席するのが目的だったが、空港から真っ先に向かわれたのは、南部戦跡にある慰霊碑「ひめゆりの塔」(糸満市)だった。

ひめゆりの塔では、両陛下が供花される直前、過激派から火炎瓶を投げつけられる事件が起きた。

それにもかかわらず、その後も他の慰霊碑を予定通り慰問された。

陛下が事件のあった日に出されたお言葉に、沖縄に心を寄せ続ける覚悟が込められている。

「多くの尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものでなく、人々が長い年月をかけて、これを記憶し、一人一人、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません」

これを体現するように、両陛下での沖縄ご訪問は10回を数える。

ご訪問には毎回別の目的もあるが、必ず初日に南部戦跡を慰問される。

「それを必ず守る。そのことに意味がある」。

渡辺さんもこう強調する。(伊藤真呂武)

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