マレー沖海戦(上) 英「プリンス・オブ・ウェールズ」が出撃 迎え撃つ日本軍は偵察誤認の“失態”

マレー沖海戦(上) 英「プリンス・オブ・ウェールズ」が出撃 迎え撃つ日本軍は偵察誤認の“失態”

シンガポール港に入港したイギリス戦艦、プリンス・オブ・ウェールズ

 真珠湾のアメリカ艦隊攻撃直前の昭和16年12月8日未明(日本時間)、イギリスの一大拠点・マレー半島に上陸を開始した日本軍を撃滅するためイギリスは新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」を中心とした東洋艦隊を出撃させる。

日本側も空と海から英艦隊の行方を追った。だが、なかなか見つからずイライラ状態が続く中、9日午後、サイゴン沖で哨戒中の伊65潜水艦がついに巨大な戦艦の姿を発見。

直ちに発信された「敵戦艦見ユ」の電文は周辺の基地と艦船を駆け巡った。

新鋭艦派遣

 当時、日本軍が中国のほかラオスやカンボジア、ベトナムなどからなる仏印への進出が目覚ましい中、アメリカ、イギリス、オランダが対抗策として実施した経済封鎖の影響で、戦争継続に支障をきたす可能性が出てきた。

 そんなとき日本軍が目をつけたのが、石油や天然ゴムなどの資源を豊富に抱えるオランダ領東インド(現在のインドネシア)で、そこを確保するには前に立ちはだかるシンガポール、マレー半島のイギリス軍を打ち破らなければならなかった。

 一方、日米交渉がなかなかまとまらないことを重く見たイギリスは日本との戦いを想定し、シンガポールに大型戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」を基幹とする東洋艦隊の派遣を決定する。

 プリンス・オブ・ウェールズは当時、世界最強といわれたキング・ジョージ5世級の2番艦として、この年の3月に完成したばかりの新鋭艦で、基準排水量が約36700トン。

 

(2/5ページ)【関西歴史事件簿

 主砲の口径は35・6センチと日本の巡洋戦艦並みに抑えられていたが、破壊力は一段勝るうえ、日本の戦艦以上に強力な防御力と高いスピードを備えており、不沈艦と呼ぶにふさわしい威容を誇っていた。

 一方、レパルスは完成から25年を経た旧式艦ながら改装工事により、定評のあった攻撃力に加えて防御力も増強されていた。

 おそらく日本軍が開戦と同時に南方の資源地帯を攻めてくるだろうとみたイギリスは10月、この2隻の戦艦と空母、駆逐艦からなる艦隊を編成。

 スコットランドのスカパ・フローを10月23日に出港したプリンス・オブ・ウェールズが南アフリカのケープタウンを経由し、レパルスとともにシンガポールに着いたのが、日本政府が開戦を決定した日の12月2日だった。

新鋭艦出撃

 12月6日正午ごろ、マレー半島沖を哨戒中のオーストラリア軍の爆撃機が航行中の戦艦を含む日本の輸送船団を発見する。

山下奉文中将の第25軍など3万5千の兵を乗せた大輸送船団だった。

 そのときアメリカ軍との打ち合わせのためマニラにいた東洋艦隊司令長官、トーマス・フィリップス大将は知らせを受けてすぐにシンガポールに戻る。

 しかし、その時点では船団がタイへ向かうのか、マレーに向かうのか不明だったため、イギリス側は静観することにしたが、このあと天候が悪化したために見失ってしまう。

 日本軍が上陸を開始したのも、ちょうどそのころだった。

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真珠湾攻撃直前の8日午前1時半、3隻の輸送船に乗船した佗美浩(たくみひろし)少将率いる第18師団5千300人が2メートル以上もある波高の中、コタバルに強行上陸。

待ち受けるイギリス・インド連合軍6千人との交戦が始まったのだ。

 そして東洋艦隊のフィリップ大将はこれを受け、8日午後8時25分、2隻の戦艦と4隻の駆逐艦を率いてシンガポール・セレター軍港から出撃する。

 このとき本来は艦隊にいるべきの空母「インドミタブル」が事故のために参加することができず、また周辺の空軍の撤退などもあり護衛機のない出港となった。

 この半年前、こちらもドイツでは不沈艦といわれた「ビスマルク」が護衛機のない中でイギリス空母の艦載機から受けた魚雷攻撃のため操舵装置を損傷し、これがもとで沈没したことはフィリップス大将も承知していたはず。

 ところが、当時のイギリス軍の中には日本軍の航空機の性能を過小評価する風潮があったらしく、「日本機の攻撃を受けても大丈夫」とした、わりと楽観的な見方が支配していたことは否めなかった。

交錯する情報

 東洋艦隊は出撃後、半島に沿って北上するはずだったが、日本軍が東洋艦隊の予想進路に施設した機雷がモノをいい、東へ迂回(うかい)しながら戦場に向かわなければならなかった。

 ところが日本側も東洋艦隊の情報については8日は何もなく、9日の昼ごろシンガポール上空を飛んだサイゴンからの偵察機から、「湾内に戦艦2、巡洋艦2、駆逐艦4アリ」との報告を受けている。

 

 

 

【歴史事件簿】マレー沖海戦(上) 英「プリンス・オブ・ウェールズ」が出撃 迎え撃つ日本軍は偵察誤認の“失態”

日本機の攻撃を受けるプリンス・オブ・ウェールズ(左前方)とレパルス(左後方)

 

 

 

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