パールハーバーの誤算(3) 「トラ・トラ・トラ」奇襲するも米空母は不在…「宣戦布告文書」の遅れ“だまし討ち”印象づける(4/4)

パールハーバーの誤算(3) 「トラ・トラ・トラ」奇襲するも米空母は不在…「宣戦布告文書」の遅れ“だまし討ち”印象づける(4/4)

真珠湾攻撃で沈むアメリカの軍艦

 

だが最大の要因は他にあった。

攻撃の30分前にアメリカ政府に手渡すはずだった宣戦布告にあたる「対米覚書」が攻撃開始から55分後の7日午前8時50分(ワシントン時間で午後2時20分)まで遅れたことにあった。

14部に分けて暗号電文で送った対米覚書を、翻訳のうえでタイピストを使わずに文書を作成するのに手間取ったのが原因ともされているが、攻撃を知らなかった駐米大使館員の油断という指摘もある。

だが、山本にとってはそんな原因はどうでもよかった。

留学や武官としての赴任経験を通してアメリカの国民性を知るだけに、

「卑怯(ひきょう)なだまし討ち」とみられても仕方ない今回の外交の遅れが、今後の戦局に大きくのしかかってくるだろうと考えたのだろう。

つまり、アメリカの戦意を喪失させる作戦が、眠れる獅子を起こす結果を招いてしまったというのだ。   (園田和洋)

映画法施行後、国家統制が強められた日本の映画界だが、そんな中で昭和15年に公開された「支那の夜」は上海を舞台にした日本人船員と中国人女性との恋愛モノで、中国大陸への強い関心も手伝って大ヒットを記録した。

当然、企画段階でこの映画も内務省から厳しい検閲を受け、内務省からは国民の規範となるような恋愛劇と要求される。

それに対して出来上った作品は、殴られた中国人女性が殴った男性を…といった内容。

つまり強い日本と従順な中国を印象づけており、これも国策映画のひとつと指摘する声もある。

真珠湾当時公開された映画は「忠臣蔵」や「次郎物語」で、16年に入っても公開されていたアメリカ、イギリスで製作された映画は11月の「城砦」を最後に終戦まで公開されることはなかった。

 

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