ミッドウェー海戦(4) わずか数分で「蒼龍」「赤城」など3空母が被弾・炎上…予想外の展開に動揺広がる連合艦隊5/5

ミッドウェー海戦(4) わずか数分で「蒼龍」「赤城」など3空母が被弾・炎上…予想外の展開に動揺広がる連合艦隊 5/5

  国策映画の名作「カサブランカ」 

アメリカも第二次大戦参戦と同時に映画業界も協力をせざるを得ない状況になる。

これまでの巨大市場だった日本やドイツが参戦と同時に敵国となり、利益が見込めなくなったためだった。

そんな中で生まれた映画が、「カサブランカ」だった。

フランスがドイツに占領される中、親ドイツ政権が支配するフランス領モロッコを舞台に、かつての恋人を亡命させようとするアメリカ人男性を描いたラブストーリー。

ミッドウェー海戦直後の1942(昭和17)年11月の公開以来、70年以上もたった今も名作の名をほしいままにしている。

日本でも昭和15年に公開された「支那の夜」が中国大陸を舞台にした日本人男性と中国人女性のラブストーリーで、こちらは世界的に受け入れやすい恋愛モノで日中戦争を正当化した国策映画という見方が一般的に強い。

 

「管理人のコメント」

このミッドウエー海戦は、日本海軍が受けた致命的な敗戦だった。

また、大日本帝国の滅亡の始まりだった。

何故、ロシアのバルチック艦隊を破った強い栄光ある帝国海軍がこのような無様な敗戦を喫したのか?

日露戦争の日本海海戦の将兵は、戦の経験があった。

帝国海軍上層部の薩摩の山本権兵衛や東郷平八郎達は、幕末の実戦の経験があった軍人であった。

そして皇国の興廃を背負って真剣に戦った。

しかし、大正、昭和の海軍軍人には、実戦の経験のある軍人が少なかった。

しかも、海軍兵学校で幹部を鍛えたが入学者を温和な者を選抜してちょっと反抗するような者を嫌い選抜から除いた。

教官も当たり障りのない者を選んだ。

日露戦争と日本海海戦に勝利してから、海軍は勝って兜の緒を締めることを忘れ少し天狗になったのではないか。

海軍は、兵学校の机上の成績や卒業年度を昇進の条件にするようになった。

そして海軍省は、官僚主義にになり海軍の上層部の将官たちは悪い意味で身内優先主義になっていった。

国家より海軍省を第一に考えるようになったと思う。

例えば、米内光正海軍大臣は、山本五十六次官を右翼の暗殺から守るため連合艦隊司令長官に任命した。

これは明らかに公より私を優先した人事である。

山本次官が、たとえ暴漢に暗殺されようともそれは運命である。

山本を心配するなら護衛を付ければよかった。

山本五十六次官は、国家のため自説を主張し、戦争に巻き込まれないよう死を覚悟で意見を述べたのである。

それを平時でも許されないのに戦時での海軍の重要なポストの人事で救おうとしたことは、正に身内優先の人事であり許されることではなかった。

その山本が連合艦隊司令長官になってから、真珠湾攻撃を主張して、海軍軍令部や海軍中央で賛成する者はいなかった。

山本は、この案が採用されなければ辞任すると連合艦隊の代理の黒島参謀に言わせた。

困った軍令部の者たちは永野修身軍令部総長に判断を仰いだ。

永野は「山本がそういうならやらせてみよう」と許可した。

これも永野は如何に山本に好意を持っていたとしても、国家存亡の戦争に私情をもって判断したのは、許されない。

これ以来、山本は増長して海軍の軍令部の上の最高権力者になっていった。

ミッドウエー海戦も、軍令部や海軍中央は、反対したが、またも代理人に辞任を言わせて、ミッドウエー海戦を実現させた。

海軍人事部は、海軍海兵学校の卒業年度や成績順に昇進させて各艦隊司令官に任命した。

真珠湾攻撃の時、軍令部は南雲忠一中将と

小沢治三郎中将を指名したが、山本は「うるさ型の小沢より南雲を選んだ」そうだ。

アメリカ海軍の太平洋艦隊の責任者であるニミッツは、現場に出動せずハワイで指揮を執ったようだが、適材適所で人材を選んだ。

日本海軍は、逆に不適材不適所であった。

例えば南雲中将より、山口多門少将の方が即断即決出来て勇猛で勇気があったわけだから、山口少将を軍令部が任命すべきだった。

また、捷1号作戦でレイテ湾突入を命ぜられた栗田健男中将は、レイテ湾に集結したアメリカ軍に戦艦大和を中心とする艦隊が突入すれば、アメリカ軍の戦艦、輸送船に大打撃を与えることができたのに突入せず反転して逃げてしまった。

大和の巨砲が火を噴けば多大な損害をアメリカ軍に与えることができてその後の日本軍の抵抗が期待出来た。

マッカーサーも戦死したかもしれない。

この栗田中将は、問題のある提督で、ミッドウエー海戦の時、艦隊を率いてミッドウエー島に向かっていたが、日本の空母が沈められると誰にも連絡せず、勝手に戦線離脱した過去があった。

このような提督を詰問せず、重要な任務を与えた海軍人事部は、事なかれ主義で官僚主義であった。

陸軍も官僚主義であったが、それ以上に海軍は官僚主義であった。

ミッドウエーの敗戦を国民に知らせず、秘密にしたのは、海軍を守るためであり、国民や国を守るのではなく、海軍省の省益を守るためであった。

日本国は、敗戦の反省をせず、財務省や外務省や文部科学省に見られるように省益を守る官僚主義を許している。

防衛省もそのような省益を守る日本の悪い官僚の伝統を踏襲してもらっては困るのである。

 

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