ミッドウェー海戦(3)狂い始めた歯車…南雲機動部隊の“決断” 「第2次攻撃」要請で迫られる「兵装転換」1/4

ミッドウェー海戦(3)狂い始めた歯車…南雲機動部隊の“決断” 「第2次攻撃」要請で迫られる「兵装転換」1/4

 

昭和17年6月、ミッドウェー島上陸作戦を前に島への空襲に向かった南雲機動部隊の母艦機107機は、予想以上に激しいアメリカ軍の抵抗に遭う。

島の上空で待ち構える多数の戦闘機と地上から撃ってくる砲火の嵐…。

この結果、基地を完全に破壊できず、隊を率いた友永丈市大尉は機動部隊に再攻撃を要請する。

だが、機動部隊も度重なる空襲を受け、すかさず迎撃する零式艦上戦闘機(零戦)。

ここに日米最大の決戦の火ぶたが切って落とされた。

「予想以上の抵抗で、島攻撃はままならず」

 現地時間4日午前4時半(日本時間5日1時半)、南雲機動部隊は、友永大尉率いる107機の空襲隊を発艦させた後、敵艦隊の姿を求めて空母の赤城と加賀、重巡洋艦の筑摩と利根、さらに戦艦の榛名(はるな)から計7機の偵察機を発進させる。

 特に利根の零式水上偵察機は対潜哨戒機の発進を優先したこともあり、飛び終わったのが予定より30分遅れの5時だった。

そして、その直後に空母から艦隊護衛にあたる戦闘機12機が発艦した。

 一方、アメリカのミッドウェー島でも5時40分に偵察機からの「日本の空母発見」の電文を受けて6時、迎撃の戦闘機26機に続いて、南雲機動部隊への爆撃と雷撃のための計38機が発進する。

 午前6時10分過ぎ、日本の空爆隊はミッドウェー島手前で、島から飛んできたアメリカ戦闘機26機の急襲を受ける。

 アメリカの戦闘機が運動能力に劣る雷撃(水平爆撃)機と急降下爆撃機に襲いかかるが、そこにアメリカ機よりも性能で勝る零戦が群がり次々と追い落としていく。

 

 

【歴史事件簿】ミッドウェー海戦(3)狂い始めた歯車…南雲機動部隊の“決断” 「第2次攻撃」要請で迫られる「兵装転換」

南雲忠一中将

 

「小生のコメント」

日本海軍は、上級指揮官を海兵卒業年次に拘り、定年まじかで老いた指揮官を使い続けた。

適材適所の人事は適用されなかった。

そのため、この時の空母の優秀な搭乗員と整備員を一瞬で失うことになった。

「馬鹿な大将は敵より怖い」と良く言ったものだ。

南雲中将は、若い頃は艦隊決戦の指揮で勇猛だったらしいが、時代は航空主兵となっていた。

重要な局面で的確な素早い判断は出来なかったようである。

山本長官は、自分で先頭に立って指揮をしなかったが、これも問題である。

何故、機動部隊の後からのこのこ大艦隊を率いたのか?

それは、勝利を見越して参加した海軍将兵の恩賞を考えたのではないかと言う海軍関係者が戦後出版した本に書いていた。

海軍省や陸軍省の人事は、今の財務省などの中央官庁のエリート官僚の人事に似ている。

敗戦の苦い経験が十分に生かされていない。

財務省が栄えて国滅ぶ。

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