ミッドウェー海戦(2)意気揚々と大作戦に踏み切った連合艦隊…戦力で劣る米軍は“亡霊”に頼った 4/5

敵が接近していることを知り、大和に緊張感が走った。

山本大将は赤城に情報を送ることを考えた。

最新鋭で艦橋の高い大和に対して、艦橋の低い機動部隊の無線傍受能力に限界があったからだ。

 だが、敵に所在地をつかまれたくないため、出港から続けていた無線封止を解くことはせず、周囲は「機動部隊もこのことは知っているだろう」と連絡を取ろうとはしなかった。

 4日、日本の輸送船団がミッドウェーから発進した米軍機の攻撃を受け、アメリカ側に今回の行動が知られたことに気づく。

 だが、ミッドウェー島の北西約460キロまで迫った南雲機動部隊は5日、「敵の空母はいない」という認識のもと、7日の上陸を目指して島を爆撃する108機を発進させる。

 大和の思惑は外れ、南雲部隊は東約400キロにアメリカの空母がいることにまったく気づいていなかったのだ

空一面が灰色の空に覆われた重苦しい朝だった。(園田和洋)

 ■当時の国策映画 ミッドウェー海戦後の17年10月に公開された「翼の凱歌(がいか)」(東宝)の舞台は海軍ではなく陸軍。航空機が戦いの主力になる中、当時、花形戦闘機として活躍していた「隼(はやぶさ)」の実機をふんだんに登場させることで、多くのパイロット志願者を募ったPR仕立ての映画に仕上がっている。

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