大東亜戦争について

小生は、戦前に生まれました。

戦前は、父母と妹と東京に住んでいて、父は出版社で働いていました。

戦況が悪化したため父は東京に残り、我々は東北の田舎の母方の祖母の家に疎開しました。

昭和20年の2月に父は勤労動員で工場で働いていたとき空襲警報が鳴り、皆工場の防空壕に逃げたそうです。

しかし、米軍の艦載機が防空壕の上に爆弾を投下して父や全員が生き埋めになって死亡したそうです。

父が上京する前、親戚の家から帰るとき、月明かりの良い夜に父に背負ってもらって帰った記憶だけがあります。

母や妹は結核で療養していましたが、栄養のある食べ物がなく妹が先に亡くなり、昭和20年8月15日に母が亡くなったそうです。

小生は、祖母から結核がうつるからと言って話をするのを禁じられていました。

山の方の火葬場で火葬したようで夏の暑い日に、小生は広い火葬場のグランドに一人でポツンといたような記憶があります。

母は、8月15日に敗戦を知り、父と妹を亡くしたので失望の内に亡くなったように思います。

生前に何も話をすることが出来なかったことが今になって残念です。

疎開先では、時々B29が奥羽山脈の方に飛んで行き、我々は押し入れに隠れた記憶があります。

大東亜戦争がどのような戦争だったのかいつも興味があり戦争について書いた本を読んでいました。

小生にとって大東亜戦争は、悲劇であり忘れることの出来ない大事件でした。

日本人は、あの敗戦から反省し学ぼうとしていないようです。

戦争では、負けてはならないのです。

絶対に勝たねばならないと強く思います。

戦後70数年の現在の日本に希望が見いだせず最近は、政治、経済、社会に絶望しつつありますが、だからと言って簡単に諦めたら駄目だと自分に言い聞かせています。

戦後の日本人は、戦前の日本人が持っていた日本精神や大和魂を忘れてしまい、米国や中国にとって怖い民族ではなく臆病なのに残酷な民族になったように思います。

マッカーサーが作って押し付けた憲法に束縛されているので、やはり憲法を無効にして大日本帝国憲法に戻す必要があると思います。

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